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【街物語】(31)フーテンの寅さんが愛した故郷 (1/3ページ)

2008.7.20 08:21
このニュースのトピックス街物語
寅さんのポスターの前で柴又への思いを語る山田洋次監督=東京都中央区の松竹本社(栗橋隆悦撮影)寅さんのポスターの前で柴又への思いを語る山田洋次監督=東京都中央区の松竹本社(栗橋隆悦撮影)

 京成電鉄金町線の柴又駅の改札を出ると、1体の銅像とすれ違う。中折れ帽に格子模様のダブルの背広、腹巻き姿の三枚目。

 《帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します》

 威勢の良い口上が聞こえてきそう。映画「男はつらいよ」で俳優、渥美清が演じた“フーテンの寅”こと車寅次郎の銅像だ。

 「あそこ(帝釈天)は参道がちょっとカーブしているんだよね。かつては参道の入り口に立つと、山門が半分くらいちょっと見えたのね。瓦の屋根がずーっとあって、それが何とも風情があってね。絵になる通りだった」

 映画監督、山田洋次(76)が江戸川のほとりの門前町に心を奪われたのは四半世紀も前のことだ。戦災を免れた町並みは今でも昭和・大正の面影が色濃く残る。“寅さん”の郷愁に誘われ、観光客が後を絶たない。それでも街は変わりつつある。

              ◇

 「寅さんは自分を『江戸っ子よぉ』なんてよく言うんだけれど、あれはちょっとうそなんだなあ。ちょっとかっこつけすぎてるんだなあ」

 山田はまるで隣にいる昔なじみを紹介するかのようにいたずらっぽく語る。彼の感覚では江戸っ子とは、隅田川の両岸の人々を指す。柴又生まれの寅次郎は、半分江戸っ子といったところか。

 しかし本来の江戸っ子たちの町を押しのけて、寅さんの故郷に柴又が選ばれたのは、他の門前町にはない“生活臭”が参道にたまっていたからだという。

 他の門前町の商人たちは“通い人”が多かった。朝、店へ行き、夜には家へと帰る。そして静まりかえった参道だけが残される。一方、柴又では1階で商いをし、2階で暮らしていた。夜になっても柴又の参道はこうこうと照る明かりに包まれていた。

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寅さんのポスターの前で柴又への思いを語る山田洋次監督=東京都中央区の松竹本社(栗橋隆悦撮影)
山田洋次監督(栗橋隆悦撮影)
山田洋次監督(栗橋隆悦撮影)
柴又駅の改札を出ると、寅さんの銅像とすれ違う=葛飾区柴又の京成電鉄の柴又駅(撮影・玉崎栄次)
かつて参道入り口から半分顔をのぞかせた帝釈天の山門は、今ではほとんど見えなくなった=葛飾区柴又、帝釈天の参道(撮影・玉崎栄次)
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