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【邦画】「火垂るの墓」 監督・日向寺太郎、主演・吉武怜朗 (1/2ページ)

2008.7.4 08:24
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「戦後生まれの重責を感じながら撮った」と日向寺監督(右)。吉武は「清太ならこう思ったはず、と常に考えながら演じた」と続けた「戦後生まれの重責を感じながら撮った」と日向寺監督(右)。吉武は「清太ならこう思ったはず、と常に考えながら演じた」と続けた

 ■“戦後生まれ”が挑戦

 アニメ映画化、テレビドラマ化のたびに話題を呼んできた野坂昭如の小説「火垂(ほた)るの墓」が実写映画になった。メガホンをとったのは、この映画化を構想しながら一昨年に急死した映画監督、黒木和雄の弟子、日向寺(ひゅうがじ)太郎。「戦後生まれの私には荷が重すぎると思い、一度は断った」と明かすが、「戦後生まれだからこそ撮れる作品を撮りたい」と考え直したという。日向寺と、主役に起用された16歳の新人、吉武怜朗(れお)に聞いた。(戸津井康之)

 「美しい夏キリシマ」など自らの戦争体験をもとに戦争レクイエム三部作を撮った黒木の死は、助監督を務めた日向寺にとって突然のことだった。「火垂るの墓」の映画化について悩んだ日向寺は、ベテラン美術監督の木村威夫に相談する。戦争経験のある木村はこうアドバイスした。「戦争体験者があの時代を再現しても意味がない。再現でなく表現すればいい。体験の有無なんて関係ない」

 「この言葉が背中を押してくれた。私の挑戦は野坂さん、黒木さんと正面から向き合うことでもありました」と日向寺は振り返る。

 昭和20年6月。神戸大空襲で母(松田聖子)を亡くし、自宅を失った14歳の清太(吉武)は、4歳の妹、節子(畠山彩奈)を背負い逃げ惑う。遠縁の家で邪魔者扱いされた清太は、妹と2人だけで生きようと決意するが…。

 「この映画は2人の子役がすべてだ」と、日向寺は東京、関西でオーディションを繰り返し、数百人の中から清太役に吉武を選ぶ。映画初出演の吉武は「僕は『火垂るの墓』についてあまり知らなくて」と恥ずかしそうに明かすが、日向寺は「芝居がうまい子役を選ぶつもりは最初からなかった。彼なら立ち居振る舞いだけで清太の悲しみや怒りを表現できると感じた。そこに賭けました」と語る。

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「戦後生まれの重責を感じながら撮った」と日向寺監督(右)。吉武は「清太ならこう思ったはず、と常に考えながら演じた」と続けた

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