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【インタビュー】くりぃむしちゅー 変わらぬ「ゆるい」魅力 (2/2ページ)
悪印象で始まり、同じクラスにもなったことはない。そんな2人の仲が深まったのにはある理由が。
有田「おれに頼みゃあコンパを開いてくれるという情報はつかんでたみたいで『なあ、彼女頼むわ』って」
上田「そうかあ!?」
有田「何いうんだよ。一番おれを頼りにしてたのはおまえじゃないか」
「部室で毎日1時間くらいバカ話、お笑いプロレスごっことかもやって、学校前の駄菓子屋でもまたしゃべって…」(有田)。そんな生活を3年間続けた後、それぞれ東京の別の大学へ進んだが、ひょんなことから再会する。
有田「東京で合コンやってももてなくて、ある日、上田の自宅へ電話入れたらこいついるんですよ自宅に。で、遊びに行って高校時代の思い出話になって『お笑いみたいなのやりてぇなー』って言ったら『おれ、やるんだ』って履歴書用意してた」
上田「大学2年のとき。その日の昼に3分間写真とって、次の日に事務所へ出そうとしてた」
有田「偶然、本当に。その日行ってなかったら、上田はたぶんピンでやってた。“世界のウエシン”!?」
初舞台から17年。「いまだに誕生日のプレゼント交換をする」(有田)とプライベートでも仲がいい。「有田はおれのめいっ子とメール交換してるし、2歳になるうちの娘はテレビの有田を見て『お父さん』とかいってる。子供とゴムで(ゴムのように弾けて)話ができるところは本当にうらやましく、リスペクトしている。精神年齢が七五三くらいなんでしょう」(上田)
有田の目下の希望は、上田が首相になったときに、自分を官房長官にしてほしいこと。??? 「高校時代、さんざん合コンに呼んでやったんだから借りを返せ」。有田の冗談と本気モードは長年のつきあいでわかっているつもりだが、「官房長官は本気でしたね」と上田。永遠の名コンビを感じさせる風景だった。文 松本明子
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【プロフィル】くりぃむしちゅー
平成2年、早大教育学部に進んでいた上田晋也と、立教大法学部の有田哲平が東京で再会、コンビを結成した(後に大学は中退)。旧コンビ名は「海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)」。13年に番組の企画の罰でコンビ名を改名させられる。名前の由来は有田の好物から。上田は“うんちく王”としても知られる。コント、司会、執筆業などで活躍中。

