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【正論】再論「靖国」 90歳刀匠への言論イジメか ノンフィクション作家・上坂冬子 (1/3ページ)
話題の映画「靖国 YASUKUNI」を見た。
日本弁護士連合会主催で試写会が行われるというので、往復はがきで申し込んだら「当選」の連絡があったのだ。
弁護士会としては表現の自由が侵害されてはならぬと企画したものだという。たしかに監督は日本の首相の靖国参拝にクレームをつけた中国出身の人だから、トラブルを警戒して上映を自粛した映画館がある。
会場につくと入り口で民放の男性から、何故この映画を見にきたのかとコメントを求められた。すかさず「見たいと思ったから」と答えてすり抜けたが、見ないうちから何故きたかと聞かれて答えようがない場合は答えないのが表現の自由というものだろう。
結論からいうと、この映画は私には老人への言論イジメにさえ思われた。いまも名刀を打ちつづける90歳の矍鑠(かくしゃく)とした刀匠の応答が柱になっていて、答えたくないことを強いられている印象を受けたからだ。
画面はまず敗戦の日に旧陸海軍の軍服を着て靖国に参拝する人々の様子から始まるが、それが終わると老刀匠が現れる。監督はこの厳粛な雰囲気で靖国刀を作るのはどんな気持ちか、戦争中はどう思って作ったかというような質問を、たどたどしい日本語で聞く。刀匠は穏やかな表情ながら無言であった。
かつて靖国刀として8100振りの刀が靖国の境内で作られ将校の手に渡ったという解説が字幕で入ったから、観客には監督の意図が手にとるようにわかる。監督は「覚えていることだけでもいいから」と執拗(しつよう)に刀匠に問いかけたが、刀匠は淡々として最後まで見事に無言を貫いた。
無言の老人を執拗に
これでいい、長々とカメラを向けられながら一言も口にしなかった刀匠を映し出しただけでも、この映画は上出来だと私は好感を持った。
これ以上は観客の忖度(そんたく)に任せるのが表現の自由というものだろう。

