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【人、瞬間(ひととき)】あの言葉 アナウンサー・小川宏さん(82)(下)
■「辛が一筆で幸になる」
「鬱病(うつびょう)が増えていますね。今朝の新聞にも、長期病欠した国家公務員の6割が心の病だとありました」
そんな話をする小川にも、自ら死を考えた時期がある。
どうも疲れている。早朝に目覚める。表現できないだるさ。医師の友人に相談すると「心の病」と言われたが、忙しくて専門医を受診しなかった。市販の薬では治らない。平成4年1月、妻に遺書を書いた。今までありがとう、と。「印がないから認めませんってつき返されました」
3月16日の朝。「地球上から消えよう」と決めて、踏切へ向かった。落ち着いているつもりだったが、線路際で10本以上電車を見送るうち、恐怖心がわいてきた。「急ごう」と右足を踏み出した。そのとき、家族の顔が浮かんだ。同時に評論家、山谷親平の言葉も。
「自殺は愚か者の結論なり」
番組で自殺がらみの事件を取り上げるたび、彼はそうコメントしていた…。足を引っ込めた瞬間、電車が轟音(ごうおん)を立てて目の前を通り過ぎた。家に帰りつくと、門前に立つ妻がいた。
原因は分からない。ただ、番組は緊張の連続だった。風邪をひくのは不思議と、収録のない日曜日。重圧や気遣い…。いろいろ積み重なったのだろう。「自然体でゆっくり休んで」という医師の指示に従って入院した。鉄格子付きの病室で何カ月も過ごすうち、むしろ症状が重くなった気がしたこともあったが、そのとき、友人から手紙が届いた。「自分も経験した。辛いだろう。でもあと一息で楽になる。辛が一筆で幸になるように」
しみじみとそんな文面に見入る余裕が出たころ、病院の前にある店で家族と一緒に食べた、ごく普通のそばがとても美味(うま)く感じられた。
いま、いろいろな言葉に救われた、と感じる。退院時に思いだしたのは、遠藤周作だった。病気は生活の苦しみであって人生の挫折ではない−。「2年の闘病の後に大作家となった彼らしいですね」。ある僧侶の「熟睡できたことに感謝する人はいない」も心にしみた。
「鬱は適切な治療で乗り越えられると思う。今では、病が心を洗ってくれたと感じています」=敬称略
文・牛田久美
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次回はデザイナー、山本寛斎さんです。

