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追悼 川内康範さん 月光仮面を演じた大瀬康一さん (1/2ページ)
■「正義の味方」目指した人生
川内のおやじと初めて会ったのは東京・芝の日活アパートでした。川内さんは当時、そこを住居兼仕事場にしていました。もう51年も前のことです。
「月光仮面」の主役オーディションに受かり、あいさつにうかがったのですが、川内さんは私の「一靉(かずなり)」という名前を見るなり、「難しい名前だな。親しみやすい名前のほうがいい」と、その場で自分の名前の「康」を取った「康一」という名前を付けてくれました。そして「月光仮面」に託した自分の思いをあの熱い口調で語りました。眼光鋭く直球で勝負する人、正直に言えば怖い人というのが第一印象でした。当時の私は20歳そこそこでしたからね。
撮影が始まり、付き合いが深まるにつれ、川内さんの本質が徐々に分かってきました。失礼な言い方になりますが、「顔はどくろ仮面だが、心は月光仮面」なのです。月光仮面は川内さんその人なのです。その認識はいまも変わりません。
川内さんは若いころ人一倍苦労されたこともあって、人間という不気味で複雑な存在、その人間がつくる不条理ともいえる社会の本質を全身で感じつかみ取り、独自の哲学を形成していった。並の人間なら、成功後は自分のことしか考えられないでしょうが、川内さんは違いました。本気で社会の「正義の味方」であろうとした。
勘違いしないでいただきたいのは、川内さんは自分が「正義」そのものであろうとしたわけではなく、「正義の味方」であろうとした、ということです。「月光仮面」の歌を思い起こしてください。月光仮面は「正義の味方」なのです。グリコ森永事件のときに取った行動(編注・犯人グループに「おれが1億2000万円を出すから手をひけ」と呼びかけた)も、政治家への接近も、「正義の味方」であろうとした川内さんの直球的表現だったと思います。



