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「明日への遺言」混乱の時代に咲いた花 (1/2ページ)
□そう遠くはない昔の日本に信ずる道を全うした男がいた−藤田まこと
第二次世界大戦後、B級戦犯として米軍に裁かれた軍事裁判を自ら「法戦」と呼び、たった一人で戦い抜いた岡田資(たすく)中将を主人公にした映画「明日(あした)への遺言」(小泉堯史監督)の全国公開が始まった。「監督や共演者、スタッフ、重厚なセット。こんなすばらしい現場はかつてなかった」。岡田中将を演じた藤田まことはしみじみと振り返り、こう続けた。「いつまでもこの現場に居続けたいと願った」。ベテラン俳優にここまで言わしめた撮影現場とは−。(戸津井康之)
−−「明日への遺言」を撮り終えての思いは?
この一年はこの一作で“昇天”したという思いに至りました。小泉監督は15年間の構想の中ですべてのカットが頭の中で計算されていたと思いますが、私は岡田中将役をやるべきかやらざるべきかと悩みながら脚本や原作を読んでいる半年の間に、自然とすべてのセリフが頭の中へ入っていた(笑)。それだけのめり込めた作品でした。
−−横浜法廷を忠実に再現したセットに設置された3台のカメラが、同時に藤田さんの姿を追う。この環境で演じた感想は
舞台に立つときのような心境でした。どこから見られていてもいいという緊張感で演じていました。小泉監督も、どのカメラで狙っているかなんて教えてくれません(笑)。椅子(いす)に座っているときは座禅を組んでいるような心境でしたし、証言台では常に背中に傍聴席に座る妻役の富司(純子)さんの視線を感じながら立ち続けていました。貴重な体験ができた現場でした。すべての撮影が終わった後も、もっとこの場にいたいと思ったものです。
−−ワンカットがいずれも長く、英語のセリフも多いです
岡田中将の英語はロンドン赴任時に習得したもの。耳になじみのある米語ではないから覚えるのがいっそう大変でした。個人指導も受けましたが、実は役に立ったのがハワイに住む9歳の孫のレッスンでした。まだセリフを覚え始めのころに英語で会話すると、きょとんとした顔をしてすーっと部屋を出ていった孫が、次に再会したときは、今度は首をかしげながらも部屋を出ていかなかった。少しは私の英語が進歩しているのだなと自信を持ちましたよ(笑)。
−−終戦直後を描いた映画ですが、藤田さんご自身の戦争体験は
海軍にいた私の兄は17歳の時に沖縄で戦死しています。私は小学6年で終戦を迎えましたが、子供も働かなくてはいけない苦しい時代を経験しました。仲間と進駐軍相手の靴磨きをしたり…。戦死した兄の死亡通知書が届いたのは、終戦から10年もたった後でした。戦争は二度と起こしてはならない。この映画の最大のテーマは平和の大切さです。

