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追悼 市川崑監督 果てしなき実験魂 寄稿・中村敦夫 (1/2ページ)
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人の一生には、運命的な出会いというものがある。つまり、ある人の存在が、もう一人の人間の人生の進路に、決定的な影響力を持つのである。
市川崑監督は、私にとってまさにそうしたキーパーソンであった。
「木枯し紋次郎」(昭和47年〜)は、それまで軽視されていたTV(テレビ)ドラマが、映画をしのぐ表現世界になり得ることを証明した。
何もかもが新鮮で、人々に強烈な印象を与え、類を見ない大ヒットとなった。
映像や音楽造(づく)りの各パートに、時代を先取りするような才能の、奇跡とも言えるような結集があったのは事実である。しかし、それでも尚(なお)、市川監督の作品に対する鮮烈なイメージなしには、才能群の開花は不可能だったに違いない。
私は主演俳優として脚光を浴びることになるが、実際の話、全体の努力のほんの一部分を担ったにすぎない。
そもそも、私自身はこの作品に何かを賭けたわけではなかった。当時は、演劇青年であり、新劇界の改革運動のさなかにいた。こうした立場の青年たちは、舞台芸術こそ王道であり、TVドラマや映画は、資金を稼ぐアルバイト先だと考えていた。
ところが、撮影に入った途端、私は度肝を抜かれた。
最初はタイトルの映像造りから入ったのだが、わずか数分の部分のため、3カ月近くも費やしたのである。最終的に何がどうなるかも予想もつかず、私は要求されるがままに、走ったり、振り返ったりと、操り人形のように動かされた。
そして、完成したのが、あのタイトルである。これまで見たことも無い魅力的で、驚きにみちたものだった。

