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映画監督の市川崑さん死去 (1/4ページ)
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「ビルマの竪琴」「東京オリンピック」などで知られ、戦後の日本映画界をリードしてきた映画監督の市川崑(本名・市川儀一)さんが13日午前1時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。92歳だった。
市川さんは大正4年11月20日、三重県宇治山田市(現伊勢市)で生まれた。幼いころは画家志望だったが、伊丹万作監督の「国士無双」(昭和7年)に感動。映画の世界で働くことを決意する。8年に入社したスタジオでアニメの企画、脚本、作画、撮影などを一人で担当したことがその後の監督生活に大きく役立ったという。
23年に「花ひらく」でデビュー。「三百六十五夜」(23年)、「夜来香」(26年)などのメロドラマから、「足にさわった女」(26年)、「プーサン」(28年)などの風刺コメディーまで幅広いジャンルをこなした。
名作「ビルマの竪琴」(31年)では、水島上等兵の生き方が人々の共感を呼び、60年には再映画化。「29年前には成し得なかった海外ロケとカラーで撮りたい」という市川さんの強い希望があった。同作品でベネチア国際映画祭サン・ジョルジュ賞受賞。米アカデミー賞外国語映画賞候補にもなった。
大映に転じた30年代も「鍵」(34年)、「黒い十人の女」(36年)など秀作を世に送り、初のドキュメンタリー「東京オリンピック」(40年)で市川の名は日本中に親しまれた。150台のカメラで選手の表情や動作を追い、五輪を人間賛歌ととらえて「記録か芸術か」の論争も巻き起こした。映画は空前の大ヒットとなり、その後の五輪映画に大きな影響を与えた。ミュンヘン五輪の記録映画「時よとまれ、君は美しい」(48年)でも世界10監督の一人に選ばれ、陸上男子百メートルを担当した。







