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【わたしの失敗】映画監督・森田芳光さん(57)(2)
■松田優作をピストル!?
昭和57年、「家族ゲーム」の撮影現場で、監督の森田芳光は、主演の松田優作に歩み寄った。
「何ですか、そのしゃべり方。ショーケン(萩原健一)のマネじゃないですか」
騒がしかった現場が静まりかえった。松田は気が短く、あちこちで殴打事件を起こしていた男だ。スタッフたちは思わず顔をそむけた。
しかし、松田は「おお、悪かった。確かにショーケンみたいだな」と苦笑し、幾通りかのしゃべり方を試してみせた。「どうなってるんだ」とスタッフたちはざわめいた。
「優作はそんなことを言われたのは初めてだったんでしょう。ぼくのことを面白がっていた」
「家族ゲーム」は、高校受験生の息子を抱える一家に、奇妙な家庭教師、吉本が現れ、日常をかき乱していく−というシュールな笑いに満ちた作品だ。松田は演出の意図を完璧(かんぺき)に理解し、謎の家庭教師・吉本を魅力的に演じた。作品はキネマ旬報ベストテンの1位に輝くなど、数々の賞を受賞し、高く評価された。
「あれほど息の合った俳優は他にはいない。これまでなかった映画が撮れたと思った」と森田は振り返る。
ほとんど言い争ったことがない2人だが、一度だけ一触即発の事態を迎えたことがある。
60年ごろ、都内の事務所で2人は次回作をめぐって意見が対立した。売り言葉に買い言葉で2人のやりとりが激しくなる。
「お前、表に出ろよ」
顔に怒気をみなぎらせて詰め寄る松田に、身の危険を感じた森田は言い返した。
「お前なんかピストルで撃ち殺してやる!」
松田は絶句し、やがて肩を振るわせて笑い始めた。
その後、2人は2作目となる夏目漱石原作の文芸作品「それから」でもきわめて高い評価を得る。
「ぼくと優作はすごい。組めば必ず傑作を作れる。50歳でこんな作品、60歳ではこう、と、はるか先まで予定を思い描いていたんだ」
平成元年の11月。旅行先から帰宅した森田は、留守番電話のメッセージで松田が39歳の若さで死去したことを知る。
「ぼくはチームのエースを失ってしまった。ショックだった」
優作がいれば…。森田は今でもふと思うことがある。 =敬称略(岡本耕治)