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【新春対談】梅田望夫氏と佐藤康光棋聖が語る(4)ネット性善説 (3/5ページ)
ところが、コンピューターウイルスっていうのがあるでしょう。しかし、それはみんなで作るというのはないんですよ。
佐藤 なるほど。悪事は1人でやるわけですね。
梅田 そうなんですね。善意の例をもう一つ挙げると、みんなで作る百科事典のウィキペディアというものがあります。あれは基本的に間違いが入ることもあるんだけれども、もめる大きなところは、イデオロギーとか政治とか人物評価ですよ。
例えば、物理学についてのキーワードとかいって、そこにわざと違う数式を書き込む人はいないんですよ。しかし、たかだか6〜7年で、全世界のありとあらゆることが解説されている百科事典が、ある程度のミスはあるけどできちゃった。
ところが、誹謗(ひぼう)中傷百科事典というのはないんですよ。梅田望夫というのがいますと。ぼくは47年生きてきて、いろいろと恥ずかしいこともしてきたかもしれないが、誰だってそうですよね。しかし、こいつはこんな悪いやつだという誹謗中傷のデータベースを作ろうと言った人はいない。これを集積しましょうとは誰も言わない。言った人がいたとしても、オープンな場所でやろうとは誰もしていない。だから、その一事をもって「人間は素晴らしい」と言うつもりなんかないんだけれど、案外捨てたもんじゃないねと、ネットと関わっていて思うことが多いです。
司会 性善説にたっているわけですね。
梅田 思いつきでこういう主張しているわけではなく、ネットの上って、そういうことを感じることが多い、という経験則によっているんです。
佐藤 ネットでブログが炎上して、収拾にかなり苦労されている話なんかをよく聞きますけど。時間が大切だということでネットを使う人が多いのに、逆にそれが時間のロスになってしまい、無駄なことをやっているんじゃないかと、そういう気がしちゃうので二の足を踏んでしまっている面がありますね。僕なんかは遅れ気味なのかもしれないけれど。
あと、ネットは匿名がほとんど。しかし、新聞で意見を言うときは実名じゃないですか。ぼくなんかはその方が自然と思うんですけれど。ネットは言いたいことを言いやすいんでしょうか。ネチケットが大事なんですよね。
司会 ネットでは、顔が見えない分、文章からにじみ出す人間性というものがありますね。米長先生が引退を表明したとき、王将戦の挑戦者決定リーグ戦に臨んだ佐藤棋聖が、着物を着てはおりはかまで正座して時間前に待っておられたのを見て、背広で来られた米長先生があわてて、「着物を持ってきてくれ」と言われたといういい話を聞いたことがあります。




