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【わが社のお宝】日本生命120年の“歴史館”(2)18文字の電報 (1/2ページ)

2009.7.5 13:02
このニュースのトピックスわが社のお宝
藤沢利喜太郎・東京帝大教授の意見を取り入るとの重役会議の決定を出張中の担当者に伝えた電報藤沢利喜太郎・東京帝大教授の意見を取り入るとの重役会議の決定を出張中の担当者に伝えた電報

 保険の歴史は古い。古代ローマの同業者葬儀組合や中世ヨーロッパの商工業者団体(ギルド)などに原型をみることができる。貿易業者の間で金融取引が高度化した14世紀後半のイタリアの海上保険で、現在とほぼ同じような仕組みが整ったとされている。

 保険は、多数の加入者が資金(保険料)を出し合い、事故などが発生した際には、その損害を埋め合わせるために保険金を給付する制度。いわば、有事の際にみんなで助け合う「相互扶助」の取り組みだ。

 18世紀。欧州では現在のような統計、確率といった数学的な知見を生かした保険が確立した。そんな保険を、日本にはじめて体系的に紹介したのが、福沢諭吉だった。

 1867(慶応3)年の大政奉還の年に福澤諭吉が著した「西洋旅案内」には「災難請合のイシュアランス(保険)」として「生涯請合(生命保険)」「火災請合(火災保険)」「海上請合(海上保険)」の仕組みや効果が紹介されている。

 その翌年、新政府が発足。明治維新を機に、日本の近代化が急速に進められていくことになる。

 日本では1879(明治12)年から保険会社の設立がはじまる。1889(明治22)年、大日本帝国憲法が発布された数カ月後に、「有限責任日本生命保険会社」の創立願いが大阪府知事にされ、同社は設立された。

 しかし、本当の意味での「日本生命」の誕生には、その後2カ月半を要した。同社が提供を構想した保険商品は、その名の通り「生命保険」だが、当時は生命保険に必須の年齢別の死亡率に基づく保険料を算出した保険料表について、日本独自のものがなかった。

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藤沢利喜太郎・東京帝大教授の意見を取り入るとの重役会議の決定を出張中の担当者に伝えた電報
藤沢利喜太郎・東京帝国大学教授
創業時に日本生命の執念と藤沢利喜太郎・東京帝国大学教授の協力で作り上げられた保険料表
創業した1889年の第1号保険証券。保険金額は100円、保険料は年3円3銭。ちなみに当時、天丼は1杯3銭
日本にはじめて体系的な保険思想を伝えたとされる福沢諭吉の「西洋旅案内」

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