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【日本の未来を考える】東京大・大学院教授 伊藤元重

2008.7.5 03:50
このニュースのトピックスエネルギー問題

 ■炭素税にも「長所」がある

 ある経済学者がどこかで書いていたが、人間はインセンティブ(動機付け)によって動かされる存在である。もう少し厳しい言い方をすれば、「人間はインセンティブの奴隷」である。少し前にガソリン価格が暫定税率の一時停止によって大幅に下がった時、ガソリンスタンドには給油のための列ができた。安いガソリンを求めて大挙して動く人々の姿の中には、ガソリンをたくさん使えば地球温暖化がますます進むという考えを見ることはできなかった。結局、ガソリンなどの炭素燃料の価格が高くならない限り、人々の温暖化ガス排出抑制のインセンティブを十分に引き出すことはできないのであろう。

 京都議定書締結以来、日本の企業は温暖化ガス排出削減に努めてきた。仕事の関係から省エネを行う工場の現場を見る機会が多いが、企業の現場では涙ぐましい努力で温暖化ガス排出削減努力が続けられている。そうした現場を見ているからこそ、安いガソリンを求めてガソリンをガブ飲みの大型の自動車を走らせる若者などの姿がなおのこと気に障るのかもしれない。

 「計画と市場のどちらが資源配分の最適化に有効であるのか」、という問題は経済学の世界でずっと論じ続けられてきたものだ。社会主義経済国の破綻(はたん)を受けて、計画経済よりは市場経済に軍配が上がったようだ。どんなに緻密(ちみつ)な計画を立てようとも、社会の隅々にいたる膨大な数の人を動かすインセンティブがないかぎり、正しい方向に経済を動かすことはできないのだ。市場メカニズム、とりわけ価格の調整機能は、人類が知らず知らずのうちに作り上げた大変に優れた仕組みなのである。

 さて、温暖化ガス排出の大幅削減というかつてない困難な経済的課題に人類はどのように立ち向かうのであろうか。これは、計画も市場も総動員するしかないだろう。ただ、今の日本では計画という手法だけが前面に出ているように思える。排出権の市場取引も炭素税も話題に出ないわけではないが、本気で取り組んでいるようには見えない。とりわけ炭素税については、経済界が否定的であるようだ。たしかに、炭素税を課してもどこまで効果が出るか不確定であるし、コストアップ要因になる増税には同意できないだろう。また、国際競争上も、日本だけが炭素税を先行して導入することには抵抗があるだろう。

 しかし、1億人を超える人々をすべて動かして温暖化ガス排出抑制を実現するためには、石油などの価格を炭素税で上げる「市場的手法」が有効である。燃料価格が上がれば、代替エネルギーや省エネ技術への投資のインセンティブもさらに高まるはずだ。炭素税で温暖化対策がすべてうまくいくと言っているわけではない。今の計画的手法だけでは十分ではないので、炭素税の手法も一部取り入れてはどうかということだ。

 ところで、炭素税は膨大な税収を生み出す。税収をどう利用するのかも重要な政策課題だ。炭素税の収入は環境対策に使うべきだ、と考える人がいるようだが、経済学的にはそうした考え方に強い根拠はない。炭素税が経済の活力を弱める効果を持つなら、その税収を使って法人税を下げたり、あるいは消費税の引き上げ幅を小さくするための財源に使うことも可能である。(いとう もとしげ)

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