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【わが道わが友】石油資源開発社長・棚橋祐治氏(1)

2008.4.22 03:08
このニュースのトピックス就職・転職

 ■長良川のカッパから行政官へ

 戦前から戦後にかけての小・中学生時代、夏になると、山頂に岐阜城をいただく金華山のふもと、長良川で毎日のように泳いだ。父は軍人で、私がかぞえで3つの時に亡くなった。父の思い出というと軍服姿で乗馬している写真ぐらいしかないが、祖父母と母の手で育てられ、元気に「長良川のカッパ」をしていた。

 岐阜北高では水泳部に入った。学校にはプールがなかったので、ここでも泳ぐのはもっぱら長良川。水はきれいだが流れが急で、横切ろうとすると斜め45度、下流の方に流されながら泳ぐことになる。そこで、流れに逆らわずに一気に4、5キロ泳ぎ切る。ふんどし姿で岸辺を走って上流に戻り、また泳ぐ、という感じだった。熱心に取り組んだが、速くはなかったので地域の対抗試合に出た程度。ただ、体を鍛えるにはちょうどよく、今でも週末には2日間で5キロほど泳いでいる。

 水泳では芽は出なかったが、学業では漢文と国語の岩本一明先生に目をかけていただいた。私が人生の教えを受けた人で、東大進学を勧めてくれた。田舎のことだから食べることは何とかなったが、父親もいないし、岐阜から大学に行くとなると、名古屋に出るか、せいぜい京都までが関の山という時代。東京は遠すぎて考えが及ばなかった。

 それでも、岩本先生をはじめ周囲の励ましと援助で東大法学部に学ぶことになった。大学には自分が到底及ばないすぐれた人がたくさんいて、ずいぶんと鍛えられた。

 1年間は駒場寮で思想研究会に入った。文I9Bの同期には元農水事務次官の京谷昭夫さんや、元運輸(現・国土交通)事務次官の中村徹さんがいたほか、別のクラスに元国税庁長官の角谷正彦さんがいた。彼らとは学生時代から談論風発し、入省後も、よく集まって酒を飲んでは勉強した。

 ゼミは行政法の大家、田中二郎先生のお世話になった。明治の廃藩置県を前提にしたままの地方行政の限界を当時から認識されていて、広域行政の必要性を指摘する先見の明のある先生だった。行政官か、法曹人か、学者かと、進路に悩む私に「行政官が向いているのでは」と助言していただいた。

 労働法の石川吉衛門先生のゼミの同期には、柔道部の片山虎之助・前参院議員がいた。柔道部には元警視総監の安藤忠夫さんもいて、彼は柔道の関係で1年遅れて警察庁に入った。2人とも豪快でスケールの大きな人物だった。

 片山さんとは就職で一緒に省庁訪問をしたことがあり、彼は自治庁(現・総務省)、私は通産省(現・経済産業省)を選んだ。昭和31年の経済白書で「もはや戦後ではない」とうたい、日本が鉄鋼や石油化学、石炭を中心とするエネルギーなどの基礎産業をベースに、独自の産業を興していこうという動きがはっきりしてきた時代。その一翼を担いたいとの一念だった。

                  ◇

【プロフィル】棚橋祐治

 たなはし・ゆうじ 昭和9年、岐阜県生まれ。東大法卒。33年、通産省(現・経済産業省)入省。平成3年、事務次官。新エネルギー財団会長、明治大学法学部教授などを経て、13年6月から現職。

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