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【わが道わが友】セブン銀行社長・安斎隆氏(4)
■“銀行の助産師”に生きがい
平成12年3月に日本長期信用銀行(現新生銀行)での仕事を終え、浪人生活に入った。旧知の友人と会食するなどゆったりとした生活を味わったが、そんな生活もしばらく続くと、市役所などに提出する書類の職業欄に「無職」と書くことが気になってくる。
そんな時に、イトーヨーカ堂から仕事の話が来た。新しく創設する銀行のトップとして私に声をかけていただいた。とりあえず東京・芝公園にあるビルを訪ね、当時、副社長だった佐藤信武さん(現副会長)の説明を何回かお聞きした。すると、ある時その場に、会長の鈴木敏文さんが入ってこられ、「もう決まりです。よろしくお願いします」と、いきなり握手を求められた。
ただ、私はイトーヨーカドーで買い物をしたこともなければ、セブン−イレブンが子会社だということさえも知らなかった。知人に相談すると「新しい銀行が成果を出すのは難しいからやめておいた方がいい」と忠告された。
しかし、私としては、日本銀行に入行して松江支店でお札を数えるところからスタートしたのだから、お札を扱う銀行を立ち上げるという仕事で終わるのも案外悪くないかもしれない、と思えてきた。それに加えて、長銀での仕事は破綻(はたん)処理という「葬儀屋さん」のようなものなので、新しい銀行を作るという「助産師さん」のような仕事にやりがいを感じた。
まず12年8月にイトーヨーカ堂の顧問に就任した。イトーヨーカ堂としては、すぐにでも営業を開始したいということだったが、銀行事業を行う上で最も重要なシステムの構築などが十分ではなかった。そうした作業を一つずつこなしたあとの13年4月25日に銀行営業免許を取得。そして、5月7日からアイワイバンク銀行(現セブン銀行)として営業を開始した。
折しも金融業界はバブル崩壊後の大激動期にあったが、私としては他の金融機関と同じような分野で競争しても仕方がないと考えていた。セブン銀行はグループのコンビニエンスストア「セブン−イレブン」などの店舗内にATM(現金自動預払機)を設置し、その利用手数料を収入の柱としている。これまでの銀行にはないユニークなビジネスモデルである。お客さま目線で新しい価値を生むことができればうまくいくと考え、開業以来、愚直にやってきた。それが、今につながっていると感じている。
セブン銀行で働くようになってから、家内との会話が弾むという思わぬ効果も生まれた。日銀時代は、扱う金額が「兆円」の単位なので、家内には話が通じないし、家内の方も私の仕事に興味を示さなかった。でも、セブン銀行は「百円」単位の手数料を稼ぐ仕事であるのに加え、日銀よりも身近に感じるためか、いろいろとお客さま視点でのアドバイスをくれるようになった。

