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パナソニックと三洋の歴史 (1/2ページ)
このニュースのトピックス:家電
大阪府門真市と守口市を挟んだ国道1号沿いに、本社を並べるパナソニックと三洋電機。わずか1・4キロの距離にある両社は、資本面でのつながりはないが、ルーツを同じくし、三洋の創業時には松下出身者が多数加わるなど因縁がある。
大正7年3月、23歳の松下幸之助氏は、大阪市北区西野田大開町(現・福島区大開)で「松下電気器具製作所」を創立。22歳の妻、むめのさん、15歳の義弟、井植歳男氏が創業時のメンバーだ。2階建て借家の1階を工場に改造した「家内工業」からスタートだった。
昭和2年に幸之助氏が考案し、初めてナショナルの商号を使った角型ランプは、全国で大ヒット。井植氏は単身上京し、松下の駐在所をつくるなど営業面で力を発揮する。
戦後の昭和22年、井植氏は三洋電機製作所を創業。自転車ランプの製造を始める。幸之助氏から「退職金代わり」に譲り受けた松下電工(現パナソニック電工)の北条工場(兵庫県加西市)で、松下向けのランプ製造からスタートした。
井植氏の創業には、後に三洋副社長となった後藤清一氏ら10人弱が松下を退社し参加している。
また、歳男氏の弟で第2代社長に就いた祐郎氏は、元松下電器の人事部長。第3代社長に就いた歳男氏の末弟、薫氏も松下電器の常務を経て、三洋に入社している。
戦後、松下から“分家”し、独自の道を歩き始めた三洋だが、成長期をつくりだした幹部たちは、軒並み幸之助氏の“薫陶”を受けている。
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