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【聖杯はどこに】野村総研主席研究員 リチャード・クー

2008.10.13 03:01
このニュースのトピックス景気
リチャード・クー研究員リチャード・クー研究員

 ■本質を見極める力を

 日本のジャーナリズムでは物事にレッテルを張ったり、タブー視したりする傾向が強い。かつては銀行への「公的資金」がタブー視され、最近は「公共事業」や「財政出動」がそのリストに加わった。この結果、「本当はやらなくてはいけない」と思っている人々も変なレッテルを張られることを恐れ、何も言えなくなっている。それが政府の選択肢を狭め、国民に多大な負担を強いる結果を招いている。

 思いだされるのは、平成4年当時の宮沢喜一首相の発言だ。

 当時はバブルがはじけ、株価と不動産価格が急落したところだったが、宮沢首相は銀行が抱える不良債権問題を解消するため、公的資金の投入を提案した。政府が主要行に公的資金投入を始める7年以上も前のことだ。「経済通」と言われた宮沢首相は「早めに公的資金を使って銀行問題を片づければ安く付く」ということを見通していたのだ。

 だが、この発言には大変な反発が出て、宮沢首相は提案を取り下げなければならなくなった。それどころか、日本の政治家は誰もがこの公的資金の必要性を言えなくなってしまった。その結果、当局は銀行問題に対して何年も抜本的な対策を打てなくなってしまったのである。

 その後、旧住宅専門会社(住専)問題が顕在化し、政府は邦銀の国際的信用力を維持するため、6850億円の公的資金の投入を決めた。しかし、それに対する国内の反発はものすごかった。「公的資金」はさらにタブー視され、そのことが、9年の山一証券や北海道拓殖銀行などの金融機関の破綻(はたん)につながってしまった。

 ところが、そこで深刻な銀行の貸し渋りが発生し、国民が痛みを感じたところでようやく大手銀行に約9兆円の資本注入が可能になった。しかし、その時点までに広がった傷はすでに大変大きくなっており、巨額の資金が銀行の不良債権処理に費やされることになった。

 当時の私は宮沢さんを応援し、公的資金の投入の必要性を訴えたが、多額の税金投入に反対するマスコミの流れを押し返すことはできなかった。

 もし、あの当時、宮沢首相の発言をもっとマスコミが冷静に取り上げ、「ここでちゃんとした対応をすべきだ」と応援していたら、日本の財政赤字は結果的に何十兆円も少なくて済んだだろう。そして景気もこんなに長く悪くなることもなかったはずだ。

 財政再建を訴える人たちは、掃いて捨てるほどいる。しかし、財政再建に取り組むのと、それが成功するかは別問題である。財政再建を成功させるには、政府が財政再建に走っても景気が壊れないことが大前提だが、それには政府が借りて使わなくなったカネを民間が借りて使う必要がある。

 だが、実際はどうだろうか。

 過去十数年の日本で民間の資金需要はないどころか、巨額のマイナスになっていた。みんなゼロ金利下でも借金返済に邁進(まいしん)してしまい、お金を借りる人がいなくなったのである。そんな状況で、国が金を借りて使わなければ、経済はさらに萎縮(いしゅく)するのは火をみるより明らかだ。

                   ◇

 金融システム不安が深刻化した平成9年、当時の橋本龍太郎政権は、消費税率を3%から5%に増税するなど無理に財政再建を進めた。当時の大蔵省は、日本の債務が国内総生産(GDP)比でイタリアを超えたことを理由に財政再建の必要性を訴えたが、当時のイタリアの国債利回りは14%。日本はたったの2・3%だった。国際通貨基金(IMF)や経済協力開発機構(OECD)も財政赤字の大きさだけを見て日本の財政再建を支持し、当時のマスコミも財政再建一色だった。

 だが、その結果、日本経済は5期連続のマイナス成長に陥り、財政赤字は8年の22兆円から11年の38兆円まで7割も増えた。もしも9年当時、財政再建に走っていなければ今ごろ、日本の財政赤字はどのくらい少なかったか。その功罪はいまだ議論されていない。

 今の日本は、財政赤字が大きいにもかかわらず、国債利回りは橋本政権時よりもさらに低い1・4%前後だ。本来ならもっと金利が上昇するはずだが、なぜこんなに金利が低いのか。それはバブル崩壊で巨額の富を失った企業や家計は借金だけが残り、みんな必死に借金を減らし、貯金を増やしているからである。

 「経済学にないことが起きているんだ」と麻生太郎首相は訴えていた。大学で教えている経済学は、金利が低くなれば、民間は必ずお金を借りるということが前提で、過剰債務を抱えた民間がゼロ金利下でも借金返済に回る事態は想定していないからだ。

 民間がみな借金返済に回っているとき、政府は民間と逆の行動を取る必要がある。ゼロ金利下でも家計が貯蓄し、企業が金を借りない状況を放置すると、毎年、家計の貯蓄と企業の借金返済分だけ総需要がなくなるからだ。

 財政出動の必要性を訴えると、すぐバラマキ批判が噴出する。あまりの批判にその政策が必要だと思っている政治家も、それを言えなくなってしまう。16年前の宮沢首相の公的資金構想をつぶした二の舞いになりかねない。

 低迷する日本経済を復活させるには、問題の本質を見極める力が求められる。その意味で、言論界はどんな場合も国民にすべての選択肢を示す義務がある。レッテル張りが蔓延(まんえん)し、誰も反論できなくなって、本当に国が破滅に向かったのが日米開戦だった。あのような事態を避けるためにも、暴走にブレーキをかける人たちが必要なのだ。

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リチャード・クー研究員
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