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【わが道わが友】新生銀行社長 ティエリー・ポルテ氏(4)
■バブル崩壊をチャンスに
私にとって日本は「第二の故郷」。ニューヨークに生まれ、仕事ではロンドン、東京と、世界の3大国際都市で暮らしてきたが、金融マンとして最も長く過ごしているのが東京だ。
モルガン・スタンレーのアジア太平洋地域の資本市場部責任者として、ロンドンから再び東京に戻ったのは1993(平成5)年。私がロンドンにいた80年代半ばから90年代初めの間、日本経済はバブルが弾け崩壊した。だが日本人はそのことをよく理解していない。それが当時の私の第一印象だった。
モルガンのニューヨーク本社は「日本の業容を縮小して回復を待つ」という判断だった。私の分析でも日本経済はさらに悪化するとみられたが、新しいビジネスの芽は必ずある。その機会をつかむため、新たな経営資源を投入するチャンスだと考えた。
本社を説得し、東京支店の態勢を強化。不良債権ビジネス、不動産投資、証券化、M&A(企業の合併・買収)など、あらゆる業務に乗り出した。これが成功した。日本でモルガンは不動産投資に定評があると思うが、その基盤は当時、全くのゼロから作り上げたものだ。
多くの外資系ファンドがいま、日本の不動産投資に触手を伸ばしているが、その判断は正しいと思う。特に東京の不動産価格はまだまだ上昇するだろう。ミシュランの三つ星レストランがたくさんある都市など、パリ以外にはそうそうないからだ。
そうこうしているうちに転機が来た。会長兼社長として新生銀行をリードしてきた八城政基(まさもと)氏とは、モルガンが新生銀行の株式公開にかかわったことで面識があった。あるホテルの昼食会で同席した際、彼は「そろそろ新しいことにチャレンジする時期じゃないか?」と持ちかけてきた。私に後継者としての白羽の矢を立てたのだ。エクソンモービルからシティバンク、そして新生銀行と、幅広い経験を持つベテラン経営者の「殺し文句」に賛同した私は、新生銀行を新天地とすることを決めた。
新生銀行は支店が全国にあるので、モルガン時代と違い、たくさんの地方都市を訪れる機会に恵まれた。最近は日本にも外国人観光客が増えたが、東京と京都しか訪ねない人が多いことが残念だ。金沢や福岡など、魅力的な街はほかにもあるのに。
日本の古典芸能では「狂言」が好きだ。パフォーマンスが非常に精巧で、見ていると不思議とリラックスできる。日本人の友人に勧められて観劇し、とりこになってしまった。週末は自宅で静かに考える時間を持つようにしているが、こうした文化・芸術を楽しむ機会は、できる限り持ちたい。
クラシックもよく聞く。野村ホールディングスの柴田拓美副社長は、私と同時期にロンドンに駐在し、同じハーバード・ビジネススクール出身、それにクラシックファンという共通項があり、親交が続いている。

