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【わが道わが友】りそなホールディングス会長・細谷英二氏(1)
■原点に「肥後もっこす」の頑固さ
昭和20年2月、熊本市の母の実家で生まれた。母方の祖父は開業医だった。育った家も母の実家からそう遠くない同市内の住宅地の一角。熊本は、英語教師として旧制熊本第五高校(現熊本大学)に赴任していた夏目漱石に「森の都」と形容されたぐらい緑の豊かな所だ。県民性は長い物に巻かれない頑固さを指す「肥後もっこす」という方言で表される。私の原点にはこうした熊本の風土がある。
父は熊本五高、京都帝国大学を卒業後、東京の庶民金庫(現国民生活金融公庫)に入った。戦後は熊本に戻り、肥後銀行に勤めた。誠実な性格で、金融のプロというよりも官的な仕事に関心が高かった。母はおしゃれ心を忘れないおおらかタイプ。ただ、人を差別したりすると目玉が飛び出るほどしかられた。兄弟は3歳違いの兄が1人。弟思いの兄で仲は良かった。でも私は「兄には負けたくない」という気持ちが強く、良きライバルだった。
両親が教育熱心で、兄弟2人とも名門とされる熊本大学付属小学校、同中学校から県立熊本高校という進路をたどった。その後、兄は九州大学に進み、日本電信電話公社(現NTT)に入った。今は横浜で悠々自適で暮らしている。
子供のころは家に帰ってきたらランドセルをほうり出して、夕方真っ暗になるまで外で飛び跳ねていた。隣家の奥様から「お外様」といわれていたぐらいだ。小学校時代、身長は前から3番目と小さかったが、ともかく負けず嫌い。自分よりも大きい子とけんかし、相手の腕をかんででも最後まで闘った。
東大に入学後、熊本の狭い社会を嫌った時期もあったが、帰省する機会が少なくなるにつれて故郷は懐かしい。縁をつないでくれるのが中学、高校の同窓会だ。英文学者で武蔵大教授の高村忠明君は小中高と一緒。埼玉病院院長の牛島康栄君も中高を通じた友人だ。りそなホールディングス会長就任後、高校の大先輩で元リコー会長の三善信一さんに激励会を開いてもらい、故郷のありがたさを感じた。高校の先輩で弁護士の松嶋英機さん、中学の先輩で東京証券取引所グループ社長の斉藤惇(あつし)さんからは企業再生の面で助言を受けた。
大学時代は仲間と伊豆旅行をしたりキャンプをしたり…。一時は司法試験の勉強もしたが、適性がないと判断しやめた。ただ、衆院議員の平沢勝栄君は違うクラスだったが、図書館で机を並べ親しくなった。元財務事務次官の林正和君は同じゼミ。りそな会長に就任した際、彼から当時の塩川正十郎財務相が「心配している」と呼び出された。厳しい注文を付けられるかと緊張したが、塩川財務相は「りそなの地盤は沈下している。がんばりなはれ」と温かく励ましてくれた。忘れられないひとコマだ。
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【プロフィル】細谷英二
ほそや・えいじ 昭和20年、熊本県生まれ。東大法卒。43年、日本国有鉄道入社。JR東日本副社長を経て、平成15年6月から現職。

