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【わが道わが友】全日本空輸会長・大橋洋治氏(3)

2008.6.5 03:21
このニュースのトピックス航空・マイレージ
観劇の後、清子夫人とセントラルパークの前で=平成7年12月、ニューヨーク観劇の後、清子夫人とセントラルパークの前で=平成7年12月、ニューヨーク

 ■充実していたニューヨーク生活

 平成7年から2年間のニューヨーク支店長時代は、格別に楽しかった。あと2年、米国にいられたら、社長にはなっていなかっただろうが、そっちの方が幸せだったかもしれない。

 マンハッタンに住み、セントラルパークを歩いて通勤する日々は、感性を豊かにしてくれた。オペラや美術館を楽しんだり、日本企業の駐在員同士でお薦めの観劇チケットを交換したりと、今でいうワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)のとれた環境だった。

 秘書は60歳ぐらいのおばちゃん。大変なお酒好きだ。当時、私は日本から梅干しなどいろいろな物を送ってもらっていたので、妻の好きなこんにゃく類も届く。あるとき、いたずら心がくすぐられ、秘書に「日本から届いた『コンニャク』を分けてあげる」と言うと大喜び。案の定、お酒の「コニャック」と思い込んだ彼女は、こんにゃくを見て「これは固形のコニャックか」と、目を丸くして怒った。

 ニューヨークではいろいろな人に面会しやすく、仕事のしがいもあった。三井物産の降旗正義さん、丸紅の高捷雄(こうかつお)さん、伊藤忠商事のJ・Wチャイさんなど営業先企業の現地トップにもすぐに会えた。

 当時、全日本空輸は週3便だけだったニューヨーク路線をデイリー運行に拡充したばかり。日本航空(JAL)は何十年も毎日飛んでいる。営業に回っても「隣の席が空いていたら乗ってあげます」と、相手はやんわり断ったつもりで言う。実のところ、そう言われても、隣が空かないことがないぐらいファーストクラスはガラガラ、ビジネスクラスも半分ぐらいが埋まる程度の状況だった。

 そこで、屈辱的とは思ったが、ライバル会社の発着ゲートで顧客のお見送り・お出迎えを繰り返した。それで、お客さまが「一回ぐらいは乗ってやらないと悪いなあ」と思ってくれたらしめたもの。一度乗ってもらえれば、相当の戦果が上がった。

 三井物産の降旗さんも、全日空には一度も乗ったことがなかった。利用するのは専らノースウエスト航空で、日本の航空会社ならJAL。私がニューヨークを離れる半年前、「一回だけお願いします」と頼み込み、奥さまと乗っていただいたら、全日空を大変に気に入ってもらった。当時、乗っていただいた人の大半は、今もうちに乗っていただいている。大切な宝だ。

 全日空の海外駐在は3〜4年が一般的。私も常務に昇格し、あと2年はニューヨーク駐在と伝えられて女房と喜んだ。ところが、その連絡から10日ほどして、普勝清治(ふかつせいじ)社長(当時)から「あの内示は取り消しだ。戻ってこい」と言われ、本当にがっかりした。

 バブル崩壊後の旅客需要の低迷で、収益が悪化。本社が抜本的な経営改革に踏み出そうとしていた時期だった。

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観劇の後、清子夫人とセントラルパークの前で=平成7年12月、ニューヨーク

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