ニュース: 経済・IT RSS feed
本社移転の日清 創業の地離れ「スピード感ある経営判断」
「組織として巨大になりすぎ、機敏に、機能的に動けない」。日清食品は3日、本社機能を創業の地・大阪に置いた本社から、東京本社への本社機能の移転を決めた。この決断は、グループ企業50社超の大所帯の内外で、統一された「日清色」を打ち出すための当然の切り札といえる。しかし、企業流出が相次いでいた大阪にとっては、大阪発祥の世界的企業の東京行きは、大きなショックとなった。
◇1つの司令塔◇
日清食品にとって、東京への本社機能一本化は、「スピード感ある経営判断」(同社)を意味していた。50社に及ぶ即席めん業界最大手グループにあって、経営資源の配分や各グループ会社の戦略構築などの決断機能を集約させ、司令塔を一本化することが重要課題だったからだ。
安藤宏基社長直轄の「グループ経営本部」や「海外戦略部」の新設など、この日同社が発表した日清ホールディングスの新体制が、それを裏付ける。
そもそも、同社の東京シフトは、20年前の東京本社設立時に始まっていた。東京本社を任された宏基社長が海外戦略や新商品開発などの拡大戦略を推し進め、同社は首都圏での存在感を増した。
一方で、大阪に残った故・安藤百福社長は平成11年に、創業の地・大阪府池田市に象徴的な「インスタントラーメン発明記念館」を設立。「実務面の成長と企業イメージの発信で、東西本社がうまく役割分担できていた」(関係者)という。
しかし、明星食品の子会社化や、破談になったJT、加ト吉との冷凍食品事業統合計画などグループの拡大で、経営方針や思想を社内外であらためて統一する必要性が出てきた。
そこで昨夏からは、持ち株会社への移行と本社機能移転が日清首脳陣によって本格的に議論され始めたといい、今回の決断に、「創業の地を離れる感傷はあるが、企業としての主軸ができるのは心強い」(関係者)と社内反響は前向きだ。
◇「大阪離れ」なぜ◇
日清同様に登記上の本社は大阪に置きながらも、大阪と東京の2本社制を取ったり、事実上の本社機能を東京に移すなど、大阪からは近年、企業の本社機能流出が相次いでいる。
最近では松下電器産業が、「関西代表」のポストを新設。合併で誕生した三菱東京UFJ銀行は、持ち株会社化とともに本店を東京に移転した。また、大阪・道修町発祥の国内製薬最大手、武田薬品工業は、新研究所の建設地を誘致のあった大阪の彩都でなく、神奈川県藤沢市に決定し、昨春からは、広報とIR(投資家向け広報)の担当者も全員、東京本社に集約された。
大阪・中之島に集まる住友系の主要企業も、大半は本社機能が東京で、大阪に本社を残すのは住友電工のみ。関西経済連合会の下妻博会長の出身企業、住友金属工業も、事実上は本社機能が東京で「矛盾を抱える」との声もある。
「首都圏での勝負が鍵」と、大丸と松坂屋の経営統合で誕生した持ち株会社、J・フロントリテイリング奥田務会長が話すように、企業の東京集中の背景には、少子化のなかでも人口増が続く首都圏市場の取り込みがある。「選択と集中」を余儀なくされた企業が、成長の見込める首都圏市場に経営資源を投入するのは自然な流れで、“東京シフト”を加速させる一因となっているのだ。
◇独自色の京都◇
一方、京セラ、ワコールなどの「京都企業」には、東京流出の動きは少ない。その理由を京都に本社をもつオムロン幹部は「京都は国際的に知名度が高く、ブランド力があるため」という。
日本総研関西経済研究センターの吉本澄司所長は、「海外事業を見据える製造分野では、企業は必ずしも東京流出していない。大阪が企業流出を防ぐには、製造業を中心とした新産業の創出が鍵になってくるだろう」と分析する。
コンサルティング会社、ジュリアーニ・コンプライアンス・ジャパンの片山龍太郎社長も「集中仕入れや情報量の多さなど効率を重視すれば、東京本社への集約はやむを得ない流れ。だが、企業を産み育てた土壌を取り戻し、企業向け減税や土地提供などの実利を設けるなどの独自性が発揮できれば、大阪も企業にアピールする土地になれる」と話す。

