ニュース: 経済・IT RSS feed
【松下電器・90年目の決断】(上)「タブーを打ち破れ」 (2/3ページ)
このニュースのトピックス:家電
「うまいことやりましたなあ。うちは去年、創業者が亡くなったからねえ」
この言葉を裏付けるように、谷井の社長時代の元役員は「実はパナ(PANA)に社名変更しようと検討したことがあった。ブランド名に近い社名の方がいいという声が出たためだ」と打ち明ける。
昭和33年、東京通信工業がソニーに、45年には早川電機工業がシャープになるなど、電機業界では社名とブランドの統一で効果を上げる例が増えていた。特にライバル、ソニー(SONY)ブランドの米国における知名度の高さは、松下電器の意欲をそそった。
しかし、議論は立ち消えに終わる。関係者によると「正治さんがうるさかった。議論を始められなかった」という。「経営の神様」として、幸之助の神格化に拍車がかかったことも影響した。
□ □ □
変化は、4000億円以上の最終赤字計上を余儀なくされた平成13年度に訪れる。松下電器ほどの企業でも、「安泰ではない」との危機感が広まったからだ。
「創業者の経営理念以外、すべて破壊する」
過去最大の転機に社長だった中村邦夫(現会長)は、こう宣言した。
幸之助が独創した社内組織のひとつに、テレビやビデオなど製品別に設けられた「事業部制」がある。
高度成長時代、事業部同士が競いあって業績拡大の牽引(けんいん)役を果たしたが、バブル崩壊以降、製品やサービスの重複は足かせとなった。グループ内の無駄な競争が、大赤字のきっかけを生んだためだ。

