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【松下電器・90年目の決断】(上)「タブーを打ち破れ」 (1/3ページ)
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「社名をパナソニックにします」
昨年12月下旬、大阪府門真市の松下電器産業本社副会長室。社長の大坪文雄は、副会長の松下正幸にこう切り出した。正幸は「経営の神様」と呼ばれた創業者、松下幸之助の孫である。
正幸は「創業者の経営理念が伝わりにくくならないようお願いしたい」と注文をつけたが、「よく分かりました」と了承した。
相前後して、大坪は幸之助の娘婿で2代目社長だった取締役相談役名誉会長、松下正治の部屋を訪ねた。同様に了解を求めると、正治は「それは良い」と理解を示し、「私の時代はねえ…」と昔話を繰り返した。
あっけないほど容易に2人の賛意を取りつけた大坪だが、大坪は創業家が反発した場合の心づもりも用意していた。
しかし、「お伺い」や「ご相談」をする考えはなかった。世界的な優良会社を目指すには、社名と2つのブランド(パナソニック、ナショナル)に分散する企業イメージの統一が「不可欠」と判断したのだ。
正幸は大坪と会ってから1カ月後、周囲にこう漏らした。
「私が宣伝事業部長のとき、パナソニックのブランドを大々的に売り出した。それが世界的に浸透した今、社名を(ブランドに)合わせる機が熟したんだよ」
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松下電器にとって社名変更は、古くて新しい問題だ。
京都で創業し、国際的な企業に成長したオムロン。立石電機からオムロンに社名変更した平成2年、社長の立石義雄(現会長)は会合で同席した松下電器社長、谷井昭雄(当時)に声をかけられた。

