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【ドイツ車はいま】「東独のポルシェ」再生計画 (3/5ページ)
「ナチスと戦った国土防衛軍兵士だった祖父は私にこう言い聞かせたものだ。『ナチス兵の黒い靴はピカピカだったが、ロシア兵の靴はボロボロで、嫌悪感を催すほどだった』。祖父のいわんとしたことは明白だ。つい最近まで、支配された記憶が残るロシアは嫌いで投資も御免だが、いいモノを作るドイツからの投資はナチスによる悲劇の歴史が残るとはいえ、大歓迎、ということだ」
例えば、フォルクスワーゲンの高級車部門アウディが93年に、ナチスの戦闘機、メッサー・シュミットの製造場所にもなったハンガリー西部のギヨールに進出した背景のひとつにも、こうした対独感情の変化があった。
最大の狙いは徹底したコスト圧縮で、実際、工場建設で4割、人件費で8割が削減できた。ペーター・ルーレ同工場広報部長は「ハンガリー政府からは2011年まで税金免除の特権を保証されている」と満足げだ。
年休が6週間もある“労働者天国”のドイツとは違い、過度の労働者保護規制もない。ギヨールには古くから防衛産業もあった。そんな産業集積の歴史を持つ強みについて、独紙ウェルトのシュテファン・アンカー記者(45)はこう語る。
「冷戦後、東方シフトの流れが起きたとき、生産はオートメーションで行われるから、工場は理論上、どこでもいいと思われたが、産業伝統のない場所はダメなのだ。かつて、米サウスカロライナ州に工場を作ったBMWは続出した欠陥車をドイツに戻し、修理した。設計者が90度の角度でネジを入れるよう工場に指示したら89・5度でネジを入れてはダメなのだ」
この問題を難なくクリアしたギヨール工場は今では高級スポーツ車TTを年に2万台以上生産するなど、アウディの重要な稼ぎ頭となっている。
ただ、「ハンガリー製ゆえ、『メード・イン・ジャーマニー』のイメージが損なわれていることが弱点だ」(専門家)との指摘もないではない。
独ニュース専門テレビ局「N24」のトーマス・シュバルツァー記者(39)によれば、海外自動車メーカーとの競争激化がドイツ各社の“東方戦略”の根幹にある。とはいえ、すべての独メーカーが東欧にシフトしてきたわけではない。
チェコ進出も検討したBMWは最終的に旧東独のライプチヒに工場を建てた。ドイツ語が使えるから、旧西独地域の工場との意思疎通も円滑だ。


















