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【ドイツ車はいま】「東独のポルシェ」再生計画 (2/5ページ)
副校長は「産学協同は大戦前からの伝統。東西ドイツに割れた際も、外貨獲得の手段とはいえ、東独政権が自国の大学の研究結果を西独に提供したほどだ」と明かした。
ヒトラーが本格的に作った速度無制限の高速道路「アウトバーン」(約1万2400キロ)が果たす役割も無視できない。
自動車評論家のフェアディナンド・ドゥーデンヘファ氏(56)は「ドイツ車は(時速200キロ前後の)高速で走れるようにエンジンが設計されてきた。起伏が激しく、カーブが多い独南西部の『黒い森』地方、アルプスの麓のバイエルン州を貫くアウトバーンを走るには完璧な技術が求められた」と指摘する。「アウトバーンで実験済みの宣伝文句で世界に売られた」(識者)ことで高級イメージが強まった。
問題もないではない。
ひとつが自動車への関心の低下である。先のマイヤー記者も「昔は1万ユーロ(約162万円)でフォルクスワーゲンの『ポロ』を買い、3万ユーロの特別装備を施したような人々にとって、今はコンピューターが新たな“オモチャ”なのだ」と語る。
日本車の“波”も静かに押し寄せている。ある日系メーカー幹部は「横綱の朝青龍に十両の関取が挑むようなもの」と謙遜してみせたものの、日本車は今や、ドイツで10台に1台を占めている。昨年には、90年連合・緑の党の議員が「(環境重視の)トヨタのハイブリッド車を買おう」と日本車を推奨して、ドイツ政財界の猛反発を受けた。
独誌アウト・ビルトのハオケ・シュリーバー編集者(37)は「ドイツ人は40年前、日本車を『炊飯器』と呼んでバカにした。技術は所詮、その程度だったが、日本車は今、ドイツでも信頼の代名詞だ」と言い切る。
ウルリヒ副校長自身も「私の車は日本車。秘書の車も同じ。実は学校長も日本車を持っている」と打ち明けてくれた。
技術に妥協なし 東方シフト
第二次大戦中、ナチス・ドイツに蹂躙(じゅうりん)された東欧諸国が冷戦終結以来、そのドイツからの投資に沸いている。大戦で人口の4分の1を失ったポーランドやハンガリー、チェコなどには、ドイツ系自動車関連企業が多数進出、投資額は1994年からの11年間で、少なくとも400億ユーロ(約6兆5000億円)に上る。
「過去」は障害にならないのか。ある東欧の国に進出した独自動車企業の広報室長(39)=東欧出身=の話は独企業受け入れラッシュの背景を知るうえで興味深い。


















