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【ドイツ車はいま】「東独のポルシェ」再生計画 (1/5ページ)
メルセデス・ベンツの世界販売実績が昨年、過去最高を記録した。他の追随を許さない精密性と堅牢さゆえに、“機械芸術”とも評される、世界一のブランド力を築き上げたドイツ車。120年余り前に自動車を発明して以来のモノ作りの伝統、冷戦終結に伴う東方への生産シフト、旧東独車の復活への動き−と、高級車王国の「今」を報告する。(ベルリン 黒沢潤)
モノ作り120年…産学協同も
土曜の朝に配達されるドイツ紙を初めて手にする外国人は、車について細かく解説された折り込みを見て驚かされる。テレビ番組でもほぼ毎日、複数の車の性能が比較され、ドイツに数年滞在するだけで、にわか専門家になった錯覚に陥いる。
独自動車誌のフランク・マイヤー記者(38)が教えてくれたドイツ特有の表現のように、「車はドイツの1番かわいい息子」なのである。
ドイツ車の技術の源流は中世の同職組合「ツンフト」にある。各ツンフトではその昔、厳しい修行を経た「マイスター」(親方)が職人や徒弟に“匠の技”を厳格に伝授した。自動車専門の「ベルリン職業学校」(17〜22歳対象)は、その伝統を今に受け継いでいる。
エンジンがある教室では、ベンツやBMWの従業員予備軍に教師が厳しい表情で指導していた。ある生徒は「車の組み立てで機械なら百分の1ミリの精度しか出せないが、厳しく育った私たちの腕なら千分の1ミリの精度が出せる」と豪語した。
第二次大戦中、連合軍が捨てた兵器を、ドイツ軍が片っ端から修理して使ったとの話が実話だったようにも思えてきた。
ドイツ人はよく、「すべて秩序内にある」(Alles in Ordnung)と言う。「万事OK」という意味だ。高等技術の継承を可能にしたのは、そんな厳格な規律や秩序を重じる民族性だったといっていい。
自動車工場の労働者の優秀さだけではない。工場内の職長らを養成する「ベルリン自動車技術学校」のライナー・ウルリヒ副校長(52)は、「独自動車産業を実際に牽引しているのは、研究開発する大卒のエンジニアたちだ」と強調する。
「産学協同」が根付いたドイツでは、自動車メーカーが学生に研究を頼むケースも少なくなく、優秀な研究は、入社への“特急券”にもなる。


















