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【主張】国産旅客機 独自開発の夢をもう一度
日本の航空機産業にとって明るい話題である。三菱重工業が国産のリージョナルジェット(近距離旅客機)「MRJ」の受注活動を始めると発表した。国産旅客機の開発はYS11以来半世紀ぶりで、5年後の就航を目指すという。
三菱重工の佃和夫社長は「この機会を逃すと、日本が主導権を持つ民間旅客機の開発は今後、難しくなる」と日本の悲願である国産ジェット旅客機の開発に決意を見せている。
MRJの開発を成功させ、それをバネとして、これまで欧米の“下請け”に甘んじてきた航空機産業を本格的に日本に根付かせたい。
MRJは日本独自の軽い炭素繊維複合材の使用や空気抵抗の低減で燃費を3割ほど向上させ、新開発の薄型シートを使って座席空間を広げている。6月のパリの国際航空ショーに客室の実物大模型も出展し、人気を呼んだ。
日本は敗戦によって一時、航空機の製造と運航を禁止された。その結果、航空機を製造する技術者らが造船、自動車の産業に流れ、航空機製造が許可されても、中心は米軍機の修理ぐらいだった。この間、世界の航空界はジェット旅客機の時代を迎え、日本の航空機技術は大きく後れをとった。
そんななか、双発ターボプロップ(ジェットエンジンでプロペラを回す)による国産初の旅客機開発が始まり、昭和37年に初飛行する。これがYS11(最大座席数64)である。182機が造られ、海外にも輸出された。
しかし、開発と製造を担当した官民出資会社の累積赤字は360億円にも上り、49年に生産は中止された。官民共同出資による経営の甘さにも由来するものだったといわれる。航空機産業には戦略的売り込みとしっかりした国の支援が必要なのである。
MRJは開発費1500億円の3分の1を経済産業省が負担、残りを三菱重工が金融機関や商社に資金の拠出を求めて負担する方針だ。受注を伸ばす販売活動が、成功の鍵となる。
MRJのような70〜90人乗りリージョナルジェットの市場は、カナダのボンバルディア社とブラジルのエンブラエル社が独占している。だが、ボンバルディア機は事故やトラブルが続き、航空会社は新機種を求めている。これもMRJにとって追い風である。