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【棋聖戦・梅田望夫氏観戦記】(1)桂の佐藤棋聖、銀の羽生挑戦者 (5/5ページ)
そして将棋と自らの人生を語るとき、佐藤さんは「なんでこういうもの(将棋というもの)が、この世に存在してしまったのだろう」とつぶやくことがある。小学校のときに将棋の魅力にとりつかれて早30年以上、この言葉は、将棋の魅力にとりつかれてしまった佐藤さんの実感なのだと思う。
羽生さんも同じだ。
あるとき羽生さんと食事をしていたとき、中盤の難所での大長考に、話題が及んだことがある。羽生さんが、中盤で大長考したあと、そのまま一気に勝ってしまった将棋が話題になっていたのだ。
座談の輪の中の誰かが、「中盤の大長考で、その先の勝利を読み切ったんですね」という発言をしたとき、羽生さんの目の色が変わった。少し怖い感じがしたから、よく覚えている。
羽生さんは「将棋の奥の深さ」についての誤解が、会話の中に混ざると(たとえそれが羽生さんを称賛する文脈であっても)、それを敏感に察知する人なのだ。そして、特有の少し甲高い声で、しかし強い口調で、
「中盤で、そこから先の変化をすべて詰みまで読んで、勝利を確信するなんてことは、絶対にできないものなんです。そんなに将棋って、単純なものではないんです」
そう羽生さんは力説した。
過去の将棋の戦法研究の歴史を振り返りながら、いかに将棋の奥が深いものなのか、何十年かけたって一つの戦法の奥義を解明できないことを、素人にもわかるように、懇切丁寧に、しかしこれだけは絶対に譲れないことなんだぞ、という強い意志を持って、15分、20分かけて、羽生さんは、それこそとりつかれたように語るのだ。
対局場の和服姿の2人の凛とした姿を見つめながら、私はそんなことを思い出していた。
さあ、いよいよ棋聖戦第1局が始まった。
棋聖戦は五番勝負である。
第1局と、2勝2敗になった場合の最終局だけ、振り駒で、どちらが先手になるかが決まる。
記録係の田嶋尉三段(奨励会)が、佐藤棋聖の五枚の歩を取って、手の中で5枚の歩を振り、空中にそれを投げ上げ、絹の白布のうえに5枚の歩がばら撒かれた。「と金」が4枚、歩が1枚。羽生挑戦者の先手が決まった。
ほどなく中村修立会人の発声で、対局開始となり、羽生挑戦者は▲7六歩と角道をあける。カメラのフラッシュがいっせいにたかれる。佐藤棋聖は少考して△8四歩。
あっ、今日は矢倉になるのかあ、と思った。
しかし羽生挑戦者は、▲6八銀で矢倉にするのではなく▲2六歩と飛車先を突いた。「矢倉にはしませんよ。角換わりの将棋にしましょう」
最初の3手には、そういう意味がこもっている。かくして今日は、後手一手損角換わりの将棋になった。
持ち時間4時間の棋聖戦では、戦形が決まれば、初手からすらすらと手が進んでいく。対局開始からわずか20分で、17手も進んでいる。先手羽生挑戦者の早繰り銀の将棋になった。
早くも、羽生さんの「銀」の動きを注目すべき将棋になった。19手目、羽生さんの「銀」はもう4六の地点まで前進している。
(うめだ・もちお=米ミューズ・アソシエイツ社長)=(2)に続く
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