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【風の間に間に】論説委員・皿木喜久 「プロ」になりたかった
だいぶ前、テレビの将棋番組でこんな会話が交わされたのを覚えている。相手は確か亡くなった芹沢博文九段だったと思うが、アナウンサーがこう質問した。
「もし私があなたと平手で将棋を指せば、どうなりますか」
「平手」とは、駒落ちなどのハンディをつけない対等の勝負である。答えはこうだった。
「あなたの王様が一番死にたい場所を指定してください。そこで詰ませてあげましょう」
いくらプロでもまさかと思っていた。そこで以前、棋聖戦の前夜祭でお会いした佐藤康光棋聖らプロ棋士にぶつけてみた。
すると口をそろえて「まあそれは…」。それぐらいお茶の子さいさいと言わんばかりだった。
こんな話が大好きである。こちらが逆立ちしてもかなわない技を持った人がいる。それだけで心強く感じられるからだ。それが囲碁・将棋、スポーツ、芸能などの世界に「プロ」が存在していることの意味だろう。
その意味で、本紙連載「すごいぞ日本」の1回目(3月31日付)に登場した辻谷政久さん(75)の話もすこぶる愉快だった。辻谷さんは陸上競技の砲丸投げの球を作っている。
この砲丸、普通はコンピューターを使って鉄の鋳物を球にしていく。しかし鉄の中に他の金属などの不純物が含まれるから所定の重さの球にしても重心がその中心からずれる。このため砲丸がフラフラしてうまく飛ばないらしい。
それを辻谷さんは手動の旋盤を使い、あっちを削り、こっちを厚くして、としながらドンピシャリ中心に重心を持っていく。他のメーカーのものより1〜2メートルは遠くへ飛ぶのだそうだ。日本どころか世界中の誰もまねのできない「プロ」の技である。
ところが今、日本人の心を支えてきたそんな「プロ」の世界が少々心もとなくなっている。
団塊の世代の定年退職で、企業のモノづくりの技術の継承が問題となっている。伝統の囲碁は、このところ、韓国や中国の風下に立たされている。相撲となると、もはやモンゴルなど外国勢に乗っ取られた感が強い。
恐らく豊かさや学歴社会のためだろう。囲碁、将棋、相撲などの世界は遅くとも中学を卒業してすぐ親元を離れて師匠に弟子入りし、腕を磨くものだった。囲碁の趙治勲前十段は6歳で韓国からやってきた。そんな修業がアマチュアは絶対かなわないというプロの技を育ててきたのだ。
ところが最近では小、中学校で素質を見込まれても「とりあえず高校、大学を出てから」などと修業を嫌がる傾向が強いという。
モノづくりの世界もそうらしい。東大阪市で世界的技術を持つ航空機部品メーカーの社長、青木豊彦さん(61)が「大阪特派員」の取材に対し嘆いていた。
「手の感性というのは12歳から15歳ぐらいが最も豊かになるんです。ところが今はその時期に勉強ばかりさせられ、みんな大学に行く。われわれの若いころは15歳からモノづくりを学んだのに」
コンピューターが「プロ」の存在感を希薄にし、メリハリのない画一的な社会にしている面もありそうだ。
学歴社会にどっぷりつかってきた者がこんなことを言うとしかられるだろう。だが人生も「後期」に入った今、どこかで「プロ」を目指すような選択肢はなかったのだろうか、と時々思う。(さらき・よしひさ)