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【正論】天皇の20年 「天子に争臣七人有れば…」 立命館大学教授・大阪大学名誉教授 加地伸行 (1/3ページ)
このニュースのトピックス:正論
皇室のことについて書くのは、正直言って気が重い。
それと言うのも、私が古い世代であるからだ。もっとも、敗戦のとき、私は国民学校(今の小学校)3年生であったので、戦前・戦中派の最末席を汚すにすぎない。
しかし、先日、久しぶりのクラス同窓会でわれわれは当時の唱歌を大合唱した。「勝ち抜く僕ら少国民、天皇陛下のおんために、死ねと教えた父母(ちちはは)の…」と。
昭和20年8月15日−暑い日であった。2週間後の9月、始業式のあと、私は作文を書いた。「日本は科学(注…原爆のイメージ)で負けたので、これからは科学を勉強してアメリカをやっつけ、きっと勝ちます」と。子どもごころに復讐(ふくしゅう)を誓ったのだ。当時、学校はクラスの級長を軍隊式に小隊長と俗称していた。私は桜組小隊長としてそう書くのが正しいとしたのは当然であった。
この文を読んだ教師たちはおそらく慌(あわ)てたことだろうと思うが、私には記憶がない。
それから茫々(ぼうぼう)60年余、この老骨、皇室への敬意は変わらない。変わったのは、いや変わりつつあるのは、逆に皇室ではなかろうか。
皇室は無謬ではない
昨年、西尾幹二氏に始まり、現在の皇室について論争があった。その詳細は十分には心得ないが、西尾氏は私より1歳年長であり、〈勝ち抜く僕ら少国民〉の心情は同じであろう。皇室への敬意に基づく主張である。
その批判者に二傾向、(1)皇室無謬(むびゅう)派(皇室は常に正しいとするいわゆるウヨク)、(2)皇室マイホーム派(いわゆるリベラルやサヨク)がある。
私は皇室の無謬派こそ皇室を誤らせると思っている。
歴代の皇室では皇族の学問初めの教科書に儒教の『孝経(こうきょう)』を選ぶことが圧倒的に多かった。なぜか。
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