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【皇室ウイークリー】(28)雅子さま久々、勤労奉仕団に「御会釈」 (3/5ページ)
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養蚕事業に貞明皇后が力を入れた背景には、大戦中の空爆で工場の多くに被害が出て、機械工業が大きな打撃を受けたため、国内経済の再建に向けて品質の良い日本伝統の製糸業が見直され、多大な期待が寄せられていた事実がある。だが、やはり幼少時の農業体験もこれを後押ししたといわれている。
また敗戦後、GHQを中心に皇室の存廃が議論され、皇族の皇籍離脱問題が浮上した際には、「ほかの皇族の方々は大変でしょうが、わたくしは里子の生活を体験しております。どんな苦労でも引き受けます」と述べたとされている。
結局、皇室を離れることとなったのは旧11宮家に限られたが、腹がすわった貞明皇后の言葉のバックボーンとして、農家暮らしは抜きにして語れないものだった。
さて、皇后さまは天皇陛下とともに、皇太子夫妻時代からハンセン病の問題にも熱心に取り組まれてきたことは有名だ。
昭和6年、貞明皇后から贈られた資金により、ハンセン病の予防協会が発足。協会は、貞明皇后の誕生日にあたる6月25日を中心に予防デーを設定し、ハンセン病患者を日本から根絶する運動を展開した。
昭和39年には、この誕生日を含む1週間が、予防デーから「ハンセン病を正しく理解する週間」となり、差別や偏見のない社会を推進する目的に変わった。













