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【皇室豆知識】「宮門跡」に天皇家の末裔が… (1/2ページ)

2008.5.14 01:43
このニュースのトピックス皇室ウィークリー

 「宮門跡」(みやもんぜき)というは、「門跡寺院」と呼ばれる寺の1種である。門跡寺院は、皇族や五摂家などの出身者によって継承されていた特定の寺院を指す。

 門跡寺院は、室町時代には宮門跡(別名・親王門跡)や摂家門跡、公方(くぼう)門跡(別名・武家門跡)、准門跡(別名・脇門跡)などにわかれていたが、江戸時代には、宮門跡と摂家門跡、准門跡の3種類となったようだ。

 このうち、「法親王」や「入道親王」が住職として入った皇室とゆかりの深い寺院を、宮門跡という。元々は出家後に親王になった皇族が法親王、逆に親王が出家した場合は入道親王と呼ばれたが、後にはどちらも、法親王と呼ばれるようになったという。

 具体的には京都の仁和寺、大覚寺、勧修寺、青蓮院、三千院、毘沙門堂、曼珠院、妙法院、知恩院、聖護院と、滋賀の円満院、栃木の輪王寺、すでに取り壊されてしまった照高院の13の寺院を指す。このため、「十三門跡」とも称する。

 だが実際には、皇族だけに限って入寺するのは真言宗の仁和寺と大覚寺、天台宗の輪王寺の3寺院だけで、その他の宮門跡は摂家からも入ることができたようだ。

 【皇室ウイークリー】(26)で「旧山階宮家のルーツとなるお寺」としたのは、勧修寺のことである。

 また青蓮院と三千院、毘沙門堂、曼珠院、妙法院の5つは、「天台宗五門跡」とも呼ばれ、昨年11月、天皇陛下が天台宗の総本山「比叡山延暦寺」を訪問された際には、延暦寺の代表らとともに、この5つの寺院の住職がお出迎えをしていた。

 門跡寺院は、宇多天皇が出家して宇多法皇となってから、仁和寺に入ったことに始まる。第二次大戦の終盤、敗戦後の昭和天皇の処遇について、出家して仁和寺に入っていただこうという案もあったとされる。

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