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【皇室豆知識】「呉竹寮」は今どこへ? (1/2ページ)
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現在は一般に開放されている皇居・東御苑に、かつて呉竹寮(くれたけりよう)という建物があった。昭和天皇と香淳皇后が、内親王を養育するために建てさせたもので、江戸城「天守閣跡」の東側にあった。いまは広場となっている。
現皇后さまが皇室伝統の「乳人(めのと)」制度を廃し、ご自身で子育てをされたことはよく知られているが、香淳皇后も実は、最初の子供であった照宮成子内親王を母乳で育てた。公務で忙しい時のみ、乳人に授乳を任せていたのだ。
その後も、照宮が小学校に入学するまでは、親子水入らずの生活をしており、これは皇室の歴史の中では、それまでにない異例のことだった。
だが照宮が学齢期に達すると、昭和天皇も、「(照宮は)臣下の暮らしにお慣れになる必要がある」という重臣らの進言を受け入れ、ご両親の手元から離すことになったという。
ただし、ご両親の気持ちをくんで、他の家に預けるのではなく、皇居内に御所(奥宮殿)の「別棟」として、この呉竹寮を建てて養育することになったのだそうだ。
その後、これが慣例化し、照宮に続いて孝宮和子内親王と順宮厚子内親王(池田厚子さん)も、満6歳の学齢期を迎えると、呉竹寮に入った。
また天皇陛下の3人の姉に続き、妹の清宮貴子内親王(島津貴子さん)も、学齢期を迎えると呉竹寮に入っている。