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【棋怒哀楽】持ち時間短縮
人に職業を聞かれ、「囲碁のプロです」と答えても、「?」マークが返ってくる。そこで、「囲碁・将棋の囲碁です」とつけ加えると、何となく理解される。
将棋と囲碁のプロ社会は、似ているようで、存外かけ離れている所がある。
まずは女子プロの在り方。将棋は男女が全く別個のもの。だから、「女流〇段」となる。しかし囲碁は男女が同じ土俵で戦っている。女流を増やすため、日本棋院では2年に1回プロ入りに限って女性枠を設けているが、その後の昇段などは男性に勝ってのものだ。女流棋戦だけが女性の特典で逆に男性棋士から羨ましがられている。
将棋の順位戦の存在、これが将棋界の方がより勝負に辛い印象を強める。実際に将棋界の話を伺い、驚くことが少なくない。特に驚いたことは、秒読み中のトイレ休憩の話題。1分将棋でお手洗いに立って、相手が着手をすれば秒読みが始まり、間に合わなければ時間切れ負けとなるそうな。そんな殺生な…。
誤解を招く発言はさけたいが、囲碁棋士は大昔から「碁は芸である」という発想が根強い。そのためか、ひと昔前までは自分の持ち時間が減っても相手の着座を待って、着手するような傾向すらあった。昭和初期ごろの秒読みは「55秒、58秒、〇〇先生、お打ち下さい」だったとか。優雅な時代であった。
近年は持ち時間の短縮が進む一方なので、棋士の時間配分がシビアになってきている。さすがにまだトイレ休憩中の時間切れ負けはないが、うっかりすると時間切れ負けとなる対局規定が新たに加えられた。世知辛い世の中になってきた。
プロだから、日々の研鑽により短時間でも素晴らしい碁は打てる。しかし長時間の碁だからこそ良さがあることは否めないだろう。
対局中に、その瞬間、その相手とだからこそ閃く時がある。時間があればその閃きの世界へ深く入り、貴重な“何か”を得られるかもしれないのに、短時間の碁だと断念せざるを得ないことがある。
局後の検討では、チョッと違う。五感が開いているその瞬間がチャンスなのに、とも思う。(八段 吉田美香)