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【書評】『ささがねの蜘蛛』田中孝顕著
■豊饒の古代を垣間見る
古事記を読むと、原文の古代歌謡の「音」は妙に気になる。ヤマトタケルが関東の地にやってきて「新治(にひばり)筑波を出でて幾夜か寝つる」と問うと、一人の老翁が進み出て「かがなべて日には十日、夜には九夜」と返す。そのときの「かがなべて」という音。あるいは「あしびきの」(山)「ぬばたまの」(夜)「わだつみの」(海)など、枕詞(まくらことば)のさまざまな「音」には、現代人がうかがい知ることのできない古代人の想(おも)いがこめられているようだ。そんな「音」を口ずさみながら、日本語はどこからきたか、日本人はどこからきたかと考えるのが、記紀万葉を読むときの古代マニア至福の時である。
本書の主題は大野晋の「古代日本語はタミル語のクレオール語である」という説によっている。現地人たる古代日本人が、インドから来たタミル人の語彙(ごい)を現地語を補い消化吸収して出来上がったものが「ピジン・クレオール語」だ。つまり縄文の日本に弥生時代という新しい文化をもたらしたのはタミル人であり、古代日本語はその変成混合言語だったということである。
門外漢には「かくのごとくタミル語と音韻対応しているのでかような意味となる」といわれると、なるほどと思う部分もあれば、首をかしげたくなる部分もある。日本語=タミル語クレオール説を主張するには、本書のように多くの語彙の類似を提示するだけでなく、先住民(縄文人)との関係、語彙をもたらしたタミル文化(それが稲作であるならば農耕関連の)、はたまたかれらのDNAがどのように列島に分布しているかなど、時間的・空間的な側面の例証をさらに行っていく必要があるだろうとは思う。にもかかわらず、上記意味不明の枕詞などの「音」が、タミル語と対応させられることによって、意味がじつに明快に、推理小説のように謎解きをされていくのは、説の当否はともかく痛快でさえある。
この本は確実に、悠久のかなたの古代人の心性を、大きなスケールの時間軸で提示している。そして読者は古代日本の豊かな姿に想いをはせることができる。(幻冬舎・3129円)
評・芝田勝茂(作家)

