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生誕100年 太宰治VS.松本清張 架空対談 (1/3ページ)
□“斜陽”ですね。日本文学
今年は国民的作家、太宰治と松本清張の生誕100年にあたる。同年生まれの2人だが、清張が作家デビューする前、すでに太宰は入水しており、相見(あいまみ)えることはなかった。でも、あの世でなら…ということで、パスティーシュ小説の第一人者、清水義範さんにお願いし、めでたく“対談”の運びとなった。(構成・清水義範)
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■清張 人間描く気ない推理小説
■太宰 私の死で終わった純文学
司会 調べているうちに気がついて驚いたのですが、太宰治さんと松本清張さんは共に1909年の生まれで、今年生誕100年なんですよね。そこで、文学的にはかなり異質なようにも思えるお2人に、文学観や、現代文学への思いを話し合っていただきたいと考えたのですが。
太宰 道化だよね。僕とこちらの人気作家先生が話をするなんて、悪ふざけとしか思えないよ。だってまるで違う人間なんだから。
松本 私にとっては太宰さんは大いに尊敬する大作家なのですが。
太宰 平気でそう言えるところが、うまいよねえ、生き方が。そのことだけをとってみても僕とはまったく違う人だ。
松本 その違いとは、私が貧しい家の出で、小学校を出て働かなければいけなかったのに対して、太宰さんが津軽の大地主の子で、東大仏文科にまで進んでいるという違いでしょうか。
太宰 それだけじゃなくてすべて違っているじゃないですか。僕は津軽の出で、あなたは小倉だ。北と南の正反対ですよ。僕が昭和23年に死んだ2年後にあなたは作家になれた。仕事をした時期がまるで重なっていない。僕が人生の敗残者で人間失格であるのに対してあなたは押しも押されもせぬ人気作家であり人生の勝者で、余裕たっぷりの大家だ。そして何より大きな違いは、僕があんなにもほしかったのについに与えられることのなかった芥川賞を、あなたは『或る「小倉日記」伝』でいとも易々(やすやす)ととっているところだ。まったく虫酸(むしず)が走るような男だよ、あなたは。
松本 芥川賞のことは時の運であり、文学的には私は太宰さんを尊敬しています。いや、憧(あこが)れていると言っていいほどです。なにしろ太宰治と言えば鋭すぎるほどの感受性を持った純文学の輝ける星であるのに対して、私はついに社会派推理小説の作家でしかなかったのですから。
太宰 結構じゃないか。あなたは社会の暗黒面にミステリーで戦いを挑んでほとんどそれに勝っているんだから。こっちは社会にはやられっぱなしで、ついにはこそこそと逃げ出したんだぜ。はっは。お話にもならないね。


