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【葬送】「ビルマの竪琴」水島上等兵のモデルで雲昌寺前住職 中村一雄氏 (1/2ページ)
このニュースのトピックス:ミャンマー情勢
映画「ビルマの竪琴」では、現地で生きていく決意を固め、「アア、ヤッパリ、ジブンハ、カエルワケニハ、イカナイ」と話すオウムを残し、仲間の元を去っていった水島上等兵。親族に見守られ、安らかに別れのときを迎えた。
福井県の寺院で修行を積んでいた昭和13年に招集され、東南アジアを転戦し、20年、ビルマ(現在のミャンマー)で終戦を迎えた。
捕虜収容所では、帰国のめどさえつかない日々の中で、消沈する仲間に声をかけ、コーラス隊を結成。「荒城の月」など祖国の歌で、日本兵を激励し続けた話が、作家の竹山道雄氏(故人)に伝わり、戦争の悲劇を後世に伝える名作「ビルマの竪琴」が誕生した。
復員後は学生時代から関心の高かった児童教育に邁進(まいしん)し、33年には住職に就いた雲昌寺(群馬県昭和村)の敷地内に保育所を設置した。さらに、児童文学作品の執筆にも取り組み、講談社児童文学新人賞を受賞した「ビルマの耳飾り」では反戦の信念を表現した。
当時、仕事を共にしていた女性保育士は「登園時間には決まって門に立ち、『御利益があるぞ』と園児たちの頭をなでて、うれしそうにしていた」と思い出を語る。本当に子供が好きな人だった。
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