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【この本と出会った】エッセイスト・内藤洋子 『ナポレオン狂』 (1/2ページ)
物書きになったきっかけ
ひとりの作家に熱中するクセがある。薬局の販売員をしていた20代のころは満員電車の中で松本清張に夢中になった。夏樹静子、田辺聖子と続き、何人目だったか阿刀田高を知った。
年が明けると私は60歳になる。こんなに長生きするとは思わなかった。両親とも40歳で癌(がん)に倒れ、あっけなく他界した。長寿の家系の人には分からないだろうが、自分も両親のように中途半端な一生を送るに違いない。人生なんて短くて、所詮(しょせん)虚(むな)しいもの…そんな無常感が、何をしていても影のようについてきた。
阿刀田高の小説に出会ったのは30代半ば。月刊誌は何かに載っていて、題名は忘れたが、いわゆる「夢オチ」の短編だった。
当時私は新米母親として、脱サラの夫が始めた喫茶店のスタッフとして、毎日クタクタになるまで働いていた。深夜ようやく開いた本の結末が「全部夢でした」は納得できない。が、ブラックユーモアと非現実的な物語は体質に合ったのか、さっそく本屋で阿刀田高を探し、短編集『ナポレオン狂』を見つけてきた。
その中の一編〈サンジェルマン伯爵考〉を読んだ私は、声を上げて泣いた。主人公は父親の最後の願いを叶(かな)えようと、ある場所に向かう。そこで待っていた不老不死の人物とは…。本に入り込み、私は初めて気がついたのである。私の両親は短くとも、自分の代の命を生き切ったのだ、と。ただ人より早めに、子供にバトンを渡しただけなのだと。
元気に40歳になった私は両親の思い出を本にまとめ、それがきっかけで物書きになった。そして50歳のとき日本ペンクラブの例会で、憧(あこが)れの阿刀田先生にお会いすることができた。〈サンジェルマン伯爵考〉の感想を伝えると、先生はワイングラス片手にニコッと微笑(ほほえ)まれ、上品な低音で「それは、ありがとう」と言ってくださった。夢オチかと疑いたくなるほどの、夢のような一瞬だった。
(阿刀田高著/講談社文庫)


