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【週末読む、観る(4)】村上春樹訳で話題の『ティファニーで朝食を』ほか

2008.5.18 09:11
このニュースのトピックス週末読む・観る

■この本と出会った 作家・大倉崇裕

『蜘蛛(くも)男』江戸川乱歩著(江戸川乱歩文庫ほか)

 「蜘蛛男」との出会いは2度あった。

 1度目は、小学校の学級文庫だ。『怪人二十面相』をはじめとするポプラ社の江戸川乱歩シリーズ。その中に、子供向けに書き改められた『蜘蛛男』もあった。探偵役である畔柳(くろやなぎ)博士と女性の石膏(せっこう)像という表紙絵は、子供心にも禍々(まがまが)しく、今まで読んできた少年探偵団ものとはどこか違うぞという印象があった。

 それもそのはず、書き改められていたとはいえストーリーはほぼそのままで、石膏像に塗り込められた死体、怪人と探偵の死闘など、子供にとってはあまりに刺激的な内容であった。未知の世界をのぞいた興奮はしっかりと記憶に刻まれ、『蜘蛛男』は私にとって特別なものとなった。

 2度目の出会いは大学時代である。山岳系同好会に所属していた私は、ある日、地図を買うため書店に立ち寄った。そこで目についたのが、当時、毎月2冊ずつ刊行されていた、春陽堂の江戸川乱歩文庫であった。多賀新氏による装丁、赤字で記された『蜘蛛男』の文字。しばらく読書から遠ざかっていた私が、何となくその文庫を購入したのは、小学生時代に刻まれた同作の記憶ゆえだろう。

 子供向けであろうと、大人向けであろうと、『蜘蛛男』の魅力は変わらない。変幻自在の怪人蜘蛛男と名探偵明智小五郎の対決は私を魅了し、同時に読書の楽しみも教えてくれた。

 『蜘蛛男』は今や、ミステリーとして古典の部類に入る。だが、作品の持つ徹底したエンターテインメント性は不滅だ。論理性、動機など、さまざまなものを楽々飛び越えて、自由奔放に展開していく大乱歩のサービス精神。

 『蜘蛛男』は、私がミステリーの世界に足を踏み入れることとなったきっかけであり、原点であり、お手本でもある。この本との出会いがなければ、私の人生は違ったものになっていただろう。

 〈メモ〉

 おおくら・たかひろ 昭和43年、京都府生まれ。学習院大卒。『三人目の幽霊』で創元推理短編賞佳作。「ツール&ストール」で小説推理新人賞。最新作に『聖域』。

        ◇

 江戸川乱歩は大正から昭和にかけて活躍した推理作家。日本推理作家協会初代理事長。『蜘蛛男』は雑誌「講談倶楽部」昭和4年8月号から5年6月号に連載された。エログロ志向の強い作品から少年向けの『少年探偵団』シリーズまで作風は幅広く、戦後は推理小説評論家としても活躍した。

■大書評(1) 評・立川談四楼(落語家)

『侍たちの異郷の夢』三好徹著(光文社・1890円)

 長崎の出島へ行ってきたばかりでこういう本に巡り合うのは幸せなことです。古典落語に「らくだ」という演目があり、その動物はまず出島に陸揚げされ、江戸は両国広小路へ運ばれ見せ物となり、で図体(ずうたい)の大きな男にらくだと仇名(あだな)が付けられた…その確認に出島を訪れたのです。

 確認は取れたのですが、出島の小さいことに驚きました。そして鎖国の時代、そこが海外との唯一の接点であったわけです。ところがある日、浦賀にペリー率いる黒船がやってくるんですねえ。さあ大騒ぎ、幕府は開国は避けられないと悟ります。と同時に欧米列強に対抗する手段が講じられ、長崎に海軍伝習所(兵学校)を設立するのです。

 幕末から明治維新を彩る人材が長崎に集結します。幕臣および各藩の俊才たちです。彼らはオランダ海軍士官の教育にカルチャーショックを受け、世界に目を向けます。そして開校わずか数年後に咸臨(かんりん)丸で太平洋に乗り出すのです。

 正に激動の時代であったわけですが、登場人物はオールスターキャストです。勝海舟、坂本龍馬、西郷隆盛、榎本武揚、木戸孝允、中江兆民、高杉晋作、伊藤博文、板垣退助、島津斉彬、徳川慶喜、中島三郎助、土方歳三、井伊直弼、西園寺公望…ときりがありません。時流に乗り明治に花開いた人、志なかばで散った人と栄枯盛衰は様々ですが、これらの人がある時は主役、ある時は脇役を務め全10章を成しているのです。

 史実を踏まえつつ、小説として面白く読ませる。作家の腕の見せどころです。例えば私の場合、勝海舟の見方が変わりました。味付けの妙を堪能したのです。

 落語は江戸時代に原型ができ、明治の中ごろに今の形になったと言います。普段はあまりないことですが、先人はあのころ何を思い、どう生きたのかを考えました。そして自分が今ここにある不思議をも。想像の広がる一冊です。

     ◇

 みよし・とおる 昭和6年、東京生まれ。横浜国大卒。読売新聞の記者生活の傍ら執筆活動を開始。43年、『聖少女』で第58回直木賞を受賞。

■大書評(2) 評・小高賢(歌人)

扉野良人著『ボマルツォのどんぐり』(晶文社・1890円)

 永田助太郎、寺島珠雄、渡辺武信、田中小実昌、加能作次郎、川崎長太郎……、あまり知られていない作家やマイナーポエット、また古い雑誌などへのさりげない思いいれ。これが本書の味わいである。

 古書発掘や書評、また作家の郷里を訪ね、ひとり静かに作品を噛(か)みしめる文章がとてもいい。気負いこんで、発見しようとか、再評価しようとしているわけではない。淡々としているが、どこか対象にやさしく添っている。

 「空地は雨に濡(ぬ)れて、その向こうに水嵩(みずかさ)をました益田川が流れていた。わたしは空地の真向かいの商店会の事務所に入って田畑の旧居がそこだと確認した。どうしてか碑は取り払われてしまったという。彼の碑が、今はないということが、わたしには田畑修一郎をむしろ感じさせた」

 ふるさとをたずねた一節である。決して読まれているとはいえない小説家に、なぜいま惹(ひ)かれるかなど、くどくど書かない。同様に、歴史のなかにもひょいひょいひょいと、しかもらくらくと入り込む。

 敗戦間近の多摩川に沿う稲田堤。梅崎春生と稲垣足穂がほとんど同じ時期に間借りしていた。2人はすれ違っていたのではないか。作品を引きながらさまざまなことを想像する。

 ベ平連や「思想の科学」で活動した北沢恒彦のこと、あるいは、「きりん」という井上靖らが始めた戦後の児童雑誌のこと、文圃堂版中原中也『山羊の歌』の装幀(そうてい)、造本、レイアウトのこと、さらには昭和21年刊行の森九又『空袋男』など、興味のおもむくままに、過去へ気軽に遡行(そこう)する。

 私などにとって未知・未読のものばかりだが、読みすすむにつれ、前からどこかで出会っていたような気持ちにさせられ、なつかしいような不思議な感じがただよう。おそらく、それが文章のちからなのだろう。

 まだ30歳代。美術大学出身だが、本職は京都のお坊さんだという。本書が第一作。力のあるエッセイストの誕生である。

    ◇

 とびらの・よしひと 詩人、エッセイスト。昭和46年、京都市生まれ。多摩美術大卒。

■話題の本

トルーマン・カポーティ著、村上春樹訳『ティファニーで朝食を』(新潮社・1260円)

 村上春樹氏は小説執筆の傍ら翻訳を手がけ、新たなベストセラーを生んできた。スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』やレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』など。いずれも日本では100万部以上も売れていた名作だが、村上さんの新訳が出版されると、売れ行きランキングに登場した。

 『ティファニーで朝食を』(1958年)も日本の読者にはおなじみの作品だ。オードリー・ヘプバーン主演の映画(61年)の影響も大きい。新潮社が昭和43年に龍口直太郎訳の文庫を出し、これまで106万部の大ベストセラーに。“村上訳”は初版6万部のところ、書店からの注文が殺到したため、2万部増の8万部でスタートするという出版不況下にあって異例の展開となっている。

 新潮社の担当者は「うまく映画のイメージと切り離された形で読まれているようです」という。映画と、原作ではストーリーに違いがある。奔放な主人公のホリー・ゴライトリーのイメージも、ヘプバーンとはやはり異なったもの。新潮文庫版は、龍口氏がニューヨークの宝石店ティファニーにわざわざ足を運び、現場の雰囲気を肌で感じて訳した労作だが、カバーにはヘプバーンの姿が使われている。村上氏はあとがきで「できることなら映画からはなるべく離れたところで、この物語を読んで楽しんでいただきたい」と書いているが、売れている背景には、同じ思いの読者の支持もあったのだろう。

 「何度読み返しても、飽きるということがなかった」という村上氏の思いが詰まった一冊。ほかに「花盛りの家」「ダイアモンドのギター」「クリスマスの思い出」の3編が収録されている。

 (堀晃和)

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