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【青雲の大和】(213)新羅の砦 (2/2ページ)
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というものだった。
民族の自立と自決を放棄し、大国に媚(こ)びへつらう売国の論法ではあるが、きいていると奇妙な説得力がある。
それに飛びついたのが、●曇一派にとりいるよう玄理に命じられている文麻呂(ふみのまろ)だった。
「ただいまの閣下のご高説に、わたしは感銘をうけました。はっと眼がさめた思いでございます」
玄理が苦い顔をしたのは、むろん文麻呂を送りこむための演技である。
文麻呂は調子に乗って、どんどんと言い募っていく。
「じつをもうしあげると、大和におきましてもそのような考え方がありまして、蘇我(そが)派に属していましたわたしは、そちらから推されて貴国へきておるしだいでございます」
まるっきりのでたらめだが、蘇我に属していた、というところだけは事実である。文麻呂が蘇我勢を中心とした吉野(よしの)の乱にくわわったのは、つい一年余りまえのことである。
廉宗(れんそう)がききとがめて問い返した。
「蘇我は亡んだときいたが、まだ残っているのか」
「残っているどころではありません。重臣の最高位というべき右大臣(うだいじん)は、蘇我の当主ですよ、廉宗どの」
廉宗はこれで文麻呂を信用したようだった。蘇我が新羅と賄賂(わいろ)によって癒着してきたのは事実であり、文麻呂も同類とみたのである。
「よし、それでは以後、この者を倭(わ)国の代表としてあつかおう」
●曇がそういったとき、文麻呂は玄理をみて、わずかな眼の動きで合図を送ってきた。
玄理もまた、険しい表情をくずさぬまま、眼の動きで「了解」の意をつたえた。(●=田へんに比)