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【週末読む、観る】鴨下信一が読む五木寛之著『わが人生の歌がたり』ほか (1/3ページ)

2008.5.4 08:35
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【大書評】

『わが人生の歌がたり 昭和の青春』五木寛之著(角川書店・1575円)

 自伝を、その時どきの歌と重ねて語る本はたくさんあるけれど、この『わが人生の歌がたり 昭和の青春』は他とまるで印象がちがう。なにしろ出てくる歌の数が多くて、しかも多種類なのだ。作者が世に出た『さらばモスクワ愚連隊』のところだけでも、シベリウスの「フィンランディア」、アルゼンチンの民族音楽の歌い手ユパンキ、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」、そして、ど演歌の「東京流れもの」までが登場する。

 これは五木さんが有数の音楽通で、作詞家やレコード制作者のキャリアも持ち、いわばこの業界の“水を飲んだ”ことがある人だからではない。

 同年代だからよくわかる。この本に書かれている時代、音楽に垣根はなかった。ぼくらはどんな歌も唄ったし、どんな音楽も聴いていた。いまのように、自分の好きな音楽を狭いチャンネルの中で決めて、それしか聴かない、唄わないということがなかった。歌は間違いなく“皆んなのもの”だった。だからこそ五木さんの挙げるどの歌からも、読者がそれぞれ自らの青春を想い出すことができるのだ。

 もう一つの印象だが、この本では自分を語ることがそのまま社会を語ることになっている。当時はそれほど自分が“社会の中”に生きている実感があった。社会と自分が遊離しているこれからは、こんな個人史は生まれないだろう。

 肩がこらないように書いてあるが、時どきドキッとした。例えば五木さんも引き揚げ者だが「生きて引き揚げてきた人間に善人はいない」という。のちに宗教に心を傾けるのがうなずけるが、ぼくにも「空襲で死ななかったこと」の後ろめたさがある。こういうところは体にナイフが突き刺さるようだ。でも若い人はそんな悲しみをもってこの本を読む必要はない。しかしせいぜい、いい音楽を、それも広く、楽しんでおくことだ。それがどんなに大事か、必ずわかる。

(演出家 鴨下信一)

 いつき・ひろゆき 昭和7年、福岡県生まれ。早稲田大文学部中退。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞。

【ギャラリー】

『鈴木龍一郎写真集 ドルック』(平凡社・3990円)

 タイトルはブータン語で龍。龍の名前を持つ写真家が、「龍の棲(す)む街、シンガポール、台湾、上海」(サブタイトル)をモノクロ写真で切り取った。

 写真はシンガポールで「ラマダン明けの市場 アラブ・ストリート」。著者はその土地固有の何気ない日常を写し込む。白と黒の陰影のすき間から、作り物ではない人々の息遣いや歴史性が濃密に漂ってくる。確かに日本にはいない龍が棲んでいそうだ。

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