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【青雲の大和】(204)新羅の砦 (1/2ページ)
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「考えさせてくれ」
玄理(くろまろ)はいった。
行くからには、成果をえたい。新羅(しらぎ)を唐の属国にしようとする動きを封じこめ、女王派、反女王派を丸ごと大和側に抱きこんでしまわねばならないのである。
それも一兵の武力も使わず、玄理のいわば能力と識見と人格で勝負する必要がある。
−−玄理(げんり)ならできる。
と、請安(しょうあん)はいうが、あの聖徳太子でさえ、新羅を服せしめるのに二万五千人もの大部隊を動員し、実の弟を大将軍に任命しているのである。はたして、徒手空拳の外交で目的が達せられるのか。
「新羅においては天皇(すめらみこと)の勅命をうけた大和の正使として、わたしに交渉の全権をゆだねてもらいたい」
請安とともに内臣の鎌足(かまたり)のもとを訪れたとき、玄理はまっさきに全権委任を要求した。
請安から、危険きわまりない新羅の動きをきかされた鎌足は、
−−国博士を新羅に派遣されよ、
という請安の進言に即決で応じたうえ、全権委任についても、
「玄理師が三韓との交渉でいかなる条件を示されようと、あるいはいかなる条件に応じられようと、いっさいおまかせいたします」
と、いいきった。
中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)とともに事実上、内政外政のすべてを動かしている内臣の決断である。
あと、副使をだれにするかが問題になったが、数日して鎌足は同族の若手の中臣押熊(なかとみのおしくま)を指名し、
「この者、さきの高麗(こま)大使、津守(つもり)の連(むらじ)に比肩しうる力があるとみております。ぞんぶんにお使いいただきたい」
と、いってきた。
が、鎌足の人事の冴(さ)えは、これにとどまらなかった。玄理のもとで事前の折衝と工作にあたる随員として、おどろくべき人物を鎌足は付けてきたのである。