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【青雲の大和】(203)新羅の砦 (1/2ページ)
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「だから玄理(げんり)よ、おまえ自身が大和の正使となって新羅(しらぎ)へ行け」
一年かけてつかんできた大陸情勢を語りおえると、請安(しょうあん)は命令口調でいった。これまでみたことがないと思えるほど、真剣な顔である。
「新羅へ行って、徳曼(とくまん)女王と女王派の臣下を大和側にとりこんでしまうのだ。そうしないと危ない」
「唐で画策している廉宗(れんそう)なる者、まだ長安にいるのか」
手を打つなら、唐から新王をむかえようとする廉宗らが動きだすより、まえでなければならない。
「長安で鴻臚卿(こうろけい)(外相)に会っているのをおれはみた。まだ、いるはずだ」
「それなら請安、おぬしが新羅に乗りこんだらどうだ」
廉宗らの露骨な動きを唐で現認してきているのである。女王派を説得するのに、迫力がちがうのではないか。
「おれはだめだ」
「なぜだ」
「無官だからな、おれは。大和の正使たりえず、相手はまともにあつかわないだろう。その点、国家の最高顧問たる国博士(くにはかせ)が乗りだせば、重みがぜんぜんちがう。かつての遣隋大使、小野妹子(おののいもこ)どのがわれわれを隋へ引率して行ったとき、冠位はなんだったか覚えているか」
請安の話はときどき、とんでもないところへすっとぶことがあるが、このときはまともだった。
「たしか、大礼(だいらい)だったと思うが」
聖徳太子が定められた冠位十二階の第五位である。
「さよう、われわれにとって雲の上の人だったあの偉大な遣隋大使が、第五位の大礼だぜ。で、玄理よ、おぬしはいま、なんだ」
冠位第二位、小徳(しょうとく)である。しかし実際には、最高位大徳(だいとく)の重臣を指導しているのだから、冠位を超越している存在ともいえなくはない。