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【週末読む、観る】(4)あさのあつこ・お父さんも来るサイン会 (3/4ページ)
【追悼】民俗学者 吉野裕子さん、評論家 稲垣真澄
《民俗学に原理的思索を問う》
自らの全集(人文書院)が完結するのを、結局はご覧にならずに吉野裕子先生が逝かれた。91歳。第11巻が刊行された3月の時点で、「もう終わったも同然、あとはよろしく頼みます」と担当の編集者に伝えられていたそうだ。最終の第12巻は、もはや著者自らの手に受け止められることなくこの6月に刊行される。
50歳を過ぎてからの晩学であったことと、着想がきわめてユニークであることとで、かならずしも民俗学界に十全に受け容れられたわけではない先生は、むしろご自分の著作が、数学者や哲学者といった民俗学を専門とするのではない方々から評価されるのを、ことのほか喜ばれた。げんに着想のユニークさは、一冊一冊の無類の面白さとなって、一般読者の幅を大いにひろげた。
それまでどちらかというと個々の民俗事例の採集に傾いていた日本の民俗学に、なぜそうであるのか、あらねばならぬのかを問う原理的思索を埋め込んだのだ。原理を得て学問は初めて学問になる。しかしその原理を見分けるのは、凡なるまなざしてはなく、この上なく研ぎ澄まされた感受性である。先生の最初の出発点が歌人であったのも、民俗学への態度の正統性を語ってあまりある。
一主婦として日舞を習っておられた時分に捕らえられた素朴な疑問−日舞の必携品である扇の多様な使われ方はどうしてか−に促されて生まれたのが処女作である『扇』。以来、初中期の『祭りの原理』『蛇』、後年の陰陽五行思想に基づいて日本の習俗・儀礼を解明する厖大(ぼうだい)な諸著作(『陰陽五行思想からみた日本の祭』『陰陽五行と日本の民俗』など)を一貫するものこそ、この素朴な疑問とそれに対する執拗(しつよう)・周到な応答、つまりは鋭い感受性にほかならない。
内務官僚・貴族院議員の家に生まれ、何不自由のない生活から、戦後生きるために教師免許取得、さらには50歳を過ぎてからの晩学といい、いくつもの人生を前向きに全うされた。
民俗学者 吉野裕子氏は18日、心不全のため死去、享年91。