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【週末読む、観る】(3)『チャーチルが愛した日本』大きかった母の存在 (2/4ページ)
■『popeye物語』椎根和著(新潮社・1575円)評・泉麻人(コラムニスト)
《雑誌超えたバイブルの存在》
〈popeyeはぼくたちのバイブルだった!〉と本の帯にある。あからさまにいうのは少々照れくさいけれど、1975(昭和50)年の春に大学生になった僕にとって、ポパイは単なる雑誌を超えた、まさにバイブルの存在だった。
とくに、慶応大学の広告学研究会なんてサークルにいた僕は、同誌の直球的なターゲットだった、といってもいいだろう。実際サークルのPRで、創刊してまもない頃の編集部に出向いた覚えがあるけれど、そこはサークル部室みたいな雰囲気で、いい大人が通路でスケボーに興じていた光景がいまも忘れられない。
スケボーをはじめ、フリスビー、ナイキやアディダスのスニーカー、ダウンパーカーにカウチンセーター…ポパイの情報に触発されて、次々とアメリカングッズを入手した。記事のキリヌキを手引きに、仲間と“憧れの西海岸(ウエストコースト)”へも繰り出した。
「“モノ”を賞賛すれば、それが“事件”になるという新しい編集方針を発見した」と、木滑良久、石川次郎ら主幹が打ち出したコンセプトが提示されているが、僕らはまんまとそれに引っ掛かったわけである。
ファッションや遊びだけでなく、僕のような物書き志向の学生は“ポパイ文体”にも大いに影響を受けた。「スキー用具記事で、内坂はポパイのもうひとつの編集方針、“独断と偏見がいい”という言葉を最初に書いた」
当時のサークル機関誌に書いた雑文を読むと、この“独断と偏見”に〜しちゃう、〜なワケ、といったポパイ文体をなぞったようなフレーズが目につく。そして僕は、このポパイを舞台に物書きとしてデビューするワケだが、「僕」(当初はボクだった)という人称書きもポパイ出自の影響といえる。無論、著者のこともよく知っているので、書評者としてのスタンスの取り方が難しい。ついつい雑誌自体の話が中心になってしまったが、英米物の翻訳調で綴(つづ)られる、皮肉の効いた文章も絶妙である。
しいね・やまと 昭和17年、福島県生まれ。早稲田大卒。元編集者。