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【週末読む、観る】(3)『チャーチルが愛した日本』大きかった母の存在 (1/4ページ)
【著者に聞きたい】『チャーチルが愛した日本』(PHP新書・756円)関榮次さん
《大きかった母の存在》
外交官だったころ、英国の宰相、チャーチルの文書や発言録を読むたび、「どうしてこんなに日本に対して寛容なのだろう」と感じたという。
例えば、ポツダム宣言の受諾に至る昭和20年の夏。
「チャーチルは日本が受諾しやすいよう配慮した修正案を出した。軍の立場をおもんぱかったという以上の親近感にふれて、不思議でした」
退官後、長年の疑問を解こうとたびたび渡英。ケンブリッジ大のチャーチル文書館で膨大な書簡や文書にあたるうち、母親が明治期に来日していたことを知った。ニューヨーク生まれ、パリ育ちの米国人。美しさと才覚は社交界で評判を取り英貴族に嫁いだ。
「母の存在はだれにとっても大きいものですが、チャーチルの場合、格別です。猛烈な読書家だったのも母の導きでしょう。後にノーベル文学賞を受ける、偉大な指導者を育てた彼女を知って、私も山を見上げた気持ちでした」
病気の夫を介抱しながら、万一に備え棺を携えた旅だったが、本当に心休まるものだったらしい。箱根、東京、日光、京都をめぐり人情、自然、歴史、文化にふれた喜びを旅行記につづっている。
母は息子に日本をどう伝えたのか。未邦訳資料を発掘し、政治家、文学者とは違うチャーチルを描いた物語からは、これほど日本を愛した人々と敵対せざるを得なかった先の大戦に対する著者の悲しみも伝わってくる。
戦後間もなく、皇太子殿下が対日世論の厳しい英国を訪れた際、チャーチルは、母親の日本土産の青銅の馬を晩餐(ばんさん)会の席上に飾り、「どの国も(軍備ではなく)このような美術品の制作に精力を使いたいものである」と演説した。
「その母は2度再婚しましたが、敬慕してやまなかったチャーチルは遺体を引き取りました。墓地に悄然(しょうぜん)と立ち、母を送る彼の写真の表情が忘れられません」(牛田久美)
せき・えいじ 元ハンガリー大使。昭和4年、沖縄生まれ。東大法学部卒。著書に『遙かなる祖国』など。