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【週末読む、観る】(2)『カーブボール』「欲しかった情報」を「事実」に (5/5ページ)
円城塔「烏有此譚」(群像)は、ほとんど哲学である。一貫したストーリーラインはない。「僕たちはどこまでがどこまでであり、何故境界はあると感じられるのか」とか、「穴が二つ重なったとして、その穴をどう呼んだものかという問題もある」といった問いが次々に書かれる。これを哲学と言ったのは戯れ言ではない。「穴は存在するか」とか「境界とは何ものか」と言った問いを巡る哲学書、加地大介『穴と境界 存在論的探究』(春秋社)と響き合っているからである。「境界」は「意味」を生成させる装置だし、「穴」は「無意味」の比喩(ひゆ)だといえる。佐藤智加「隣人の生活」(群像)も、他人から見たら取るに足らない(つまり、ほとんど「無意味」な)秘密こそがその人をその人たらしめている奇妙な、しかしありふれた日常を書いていて、問題を共有しているように見えた。
木村紅美「月食の日」(文学界)の中心は、目の見えない有山隆が、月食の日に友人の家で夕食を取るというだけの話だが、ほかの家とまちがえないようにアパートのドアのノブに輪ゴムをかけておくといった細部の積み上げが、「そうか、目の見えない人の日常はこうして成り立っているのか」という驚きをもたらす。僕たちの日常が異化(見慣れないものになること)されるのである。ただし、視点の切り替えの多さが、ただそれだけの小説ではない何かを、読後感としてもたらす。
田山朔美「かわいそうな鬼」(同)は、母親の幼い娘に対する虐待一歩前の衝動が収まるまでを、幼稚園の「お母さん」たちのややささくれだった交流を絡めて書いた佳作だが、細部のリアリティーはあるのに全体がぼやけている感じがした。もしかしたら、細部の書き込みがうますぎて全体がぼやけるのかもしれない。
今月は良い作品に恵まれたが、それでも小説は難しい。