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【週末読む、観る】(2)『カーブボール』「欲しかった情報」を「事実」に (1/5ページ)
■『カーブボール』ボブ・ドローギン著、田村源二訳(産経新聞出版・2100円)
評・大野元裕(財団法人中東調査会上席研究員)
《「欲しかった情報」を「事実」に》
昨年の米ノンフィクション大賞を受賞した元CIAのT・ワイナーによる『灰の遺産』をはじめとし、最近、米国でスパイものが大もてである。しかし、開戦前に米国がイラク戦争を正当化する最大の「証拠」となった移動式生物化学兵器製造装置に関する証言を行った情報提供者「カーブボール」を取り上げたこのノンフィクションは、米国のスパイ体制に疑問を呈した一連の本と趣を異にする。
本書は、世界を戦争へと導く根拠となった「事実」を丹念に描き、「カーブボール」の嘘(うそ)がいかに真実として「作りこまれた」かを著している。大量破壊兵器という技術的にとっつきにくい主題を、スパイストーリーとしても読み応えあるものに仕上げている。
イラク戦争前、評者は、明らかにされていた国連の文書を読むだけでも、「サダム政権の大量破壊兵器は諸外国に深刻な脅威を及ぼしえない」と衆議院で証言した。しかし、日本政府をはじめとする国際社会の戦争への流れが止まることはなかった。イラクの大量破壊兵器に対する技術的裏打ちのある全体像よりも、戦争へと導く「意思」の大きさを強く感じさせられたものである。本書は、戦争ありきの高いレベルの政治的判断が、いかにして「欲しかった情報」を「事実」に仕立て上げたかを明快に示し、戦争への流れの背景を明らかにする。
先月、「カーブボール」はドイツの雑誌に対し、「自分はイラクが大量破壊兵器を保有していると発言したことはない」と述べている。ドイツへの永住権欲しさに虚偽を述べたことは確かだろうが、このような亡命希望者は少なくない。おそらく、「カーブボール」が問題の原因ではない。この労作は、戦争を作り上げた政治と政治的決断を支持するために専ら使われる情報体制こそが問題と訴えている。人の生死にかかわる戦争の教訓は一般社会にも通じるのみならず、今も新たな過ちを再生産し続ける社会に対する警鐘に思われてならない。
Bob Drogin ロサンゼルス・タイムズ記者。ピュリツァー賞受賞。