ニュース: 文化 RSS feed
【青雲の大和】(202)新羅の砦 (2/2ページ)
このニュースのトピックス:青雲の大和
緒戦では、唐軍はこれをさんざんに打ち負かす。請安が調べたところでは、六月二十二日からわずか二日間に高句麗将兵二万の首級をあげ、靺鞨兵三万七千を降伏させた。
ところが、その後、籠城(ろうじょう)して持久戦にもちこまれると、唐軍は攻めあぐんでしまう。
「李世民にとって、夷狄(いてき)靺鞨の救援は、どうやら最大の誤算だったらしい。結局三か月かけても安市城を陥とせず、厳寒の冬将軍がせまってくるなか、甚大な犠牲をはらいながら撤退を余儀なくされたというのだが、その話をきいたとき、おれはこれだと思った」
超大国唐の皇帝親征による大軍団を相手にしても、高句麗と靺鞨のようにしっかりとした同盟がむすばれていれば、国をまもれるというのである。
「ただし、問題はこれが逆になったばあいだ。もし、靺鞨兵十五万が唐と密約をむすんで高麗に攻めこんでいたら、どうだったか。たちまちにして高麗全土が唐軍に占領され、いまごろは百済も併呑(へいどん)されていただろう。わかるか、玄理。その恐るべき密約がいま、靺鞨とではなく、新羅と唐とのあいだで結ばれようとしているのだ」
唐で十年は暮らせるという莫大な価値の砂金をもって渡航しながら、一年余りで請安が帰ってきてしまったのは、危険きわまりないこの動きを知らせるためだったというのである。