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【青雲の大和】(202)新羅の砦 (1/2ページ)
請安(しょうあん)の報告で、もっとも玄理(くろまろ)をおどろかせたのは、唐帝が陣頭指揮した高句麗征討のさんたんたる結末だった。
唐帝李世民(りせいみん)の恐ろしさを知っている玄理には、じつに信じられない敗退である。あの李世民にして、そんなことがありうるのかと思った。
前年五月、国境の遼河(りょうが)をわたった李世民は、高句麗随一の堅城といわれる遼東(りょうとう)城を攻め、わずか七日でこれを陥落させた。隋帝煬帝(ようだい)がどうしても陥(お)とせなかった城である。
この攻城戦で唐軍は敵一万余人を殺し、市民男女あわせて四万人と兵一万余人を獲得したという。
遼東城を陥とすと、ただちに南の白巌(はくがん)城へむかい、帝直属軍と大将軍の徐世勣(じょせいせき)がひきいる主力部隊が、南北から攻めるかまえをみせることによって、城主と将兵をなんなく投降させ、わずか一か月で勝利した。
ここまでは李世民の陣頭指揮による怒濤(どとう)の進撃である。帝は部下が戦死すると、その血をすすって全軍を奮いたたせ、あるいは自分の命令がまちがっていると知ると、馬を降りて大将軍の徐世勣に陳謝するといった巧みな演出で、将兵の心をつかんでいる。
ところが、つぎに遼東の安市(あんし)城に攻めかかったあと、全軍がなぜか三か月も釘づけになってしまうのである。
「あの遼東城をたった七日で陥落させた李世民だぜ。それがなぜ、安市城ごときを陥とせなかったのか。なぜだと思うか、玄理(げんり)」
請安は勢いこんで問いかけた。玄理にはむろん、わからない。
請安はそこに、大国の侵略軍にたいし抵抗する秘訣(ひけつ)があるとみて調べてみたという。
「靺鞨(まっかつ)という北方の部族がいたのを覚えているか。高麗(こま)と同種といわれ、高麗の国内にも多数住んでいるらしいが」
その靺鞨が高句麗と同盟をむすび、十五万人もの兵を安市城救援にさしむけてきた。